2004.04.29
< 「かなしみ」終了、次のお題発表 >
枡野さん、3ヵ月でやめるなんて言わないで! いつまでも続けてください!!
そんなトラックバックが殺到するのではないかと秘かに期待をしていた人はかなしい。
今週のかなしみは「215」。今月の全かなしみを合計すると…………まあ、そんな数です。
トラックバックの数だけ、かなしみが減ればいいのに。そうじゃなければ、トラックバックがお賽銭だったらいいのに。
そんなふうに夢みる人もかなしい。
かなしみ短歌、いよいよ最終回です。
*
まずは、改作の投稿から。
順番はてきとう。
*
またっすか ホントにお好きね泣けるのが 泣けるのなんて悲しみじゃない (オカザキなを)
そうっすか。紆余曲折を経て(オカザキなをさんのblog参照)、ここに辿り着きましたか。
了解しました。この呪詛短歌、世界の中心で心ゆくまで叫んでください!
笑ったね さっきは泣いてたカラスちゃん 悲しみなんてほんとでウソだ (オカザキなを)
んー、これは前半と後半の人格が乖離してる感じ。まだ改作できそう。
来月以降も、改作は受けつけます。気にせず、「最新の記事」のところにトラックバックしてください。
私の場合、ずっと心の隅で考え続けて、3年後にふと完成した短歌というのもあります。
皆さんも、それが本気で言いたいことなら、死ぬまで考え続けて!(死んだら考えるのをやめて!!)
*
おじさんとだるまを投げて遊んだらだるまが割れてとてもかなしい (青木麦生)
おお。「おじさん」と遊びましたか。
とてもかなしい。正解だと思います。
*
悲しみは時が癒すというひとはきっととっても忘れやすいひと (紫月美夜)
試行錯誤して(紫月美夜さんのblog参照)、結局最初の形に戻りましたね。まあまあです。
私が待っているのは改作よりも、あなたの顔写真です。
*
悲しさはメープルシロップの味がした ホットケーキにしみをつくって (須永朝子)
作者名クレジット(当初は連名だった)を変えての再投稿。
まあ、字余りだけど、これはこれで「あり」かな……。
*
さて。ここからが、新作の投稿。
とりあげる順番の意味は、各自読みとって。
*
どこかわからないところにいます 今桜は散っているところです (出石正比古)
前出の須永朝子さんの短歌を本人に代わって投稿した、出石正比古さんの新作。
「かなしみ」というお題での投稿ではありませんが、きれいな短歌でした。「句またがり」しまくりだけど。
*
悲しみは洗濯物を取り込んでたたむときとはちがう痛みだ (伊勢谷小枝子)
「悲しみは…………痛みだ」という、やや乱暴なレトリック。しかも、痛みは痛みでも、「ちがう痛み」なのだという。
何かを見つめていたら、それが別のものにすりかわってしまう手品……を見ている気分。
事実とか結果じゃなくて色あせていくのがみんな悲しいのでしょう? (伊勢谷小枝子)
前半は改善の余地あり。
「色あせていくのがみんな悲しいのでしょう?」と決めつけられて、そんな気もする。
体内に葉緑体がないせいで地球を守れなくて悲しい (伊勢谷小枝子)
……葉緑体のせいにしますか。
それはまた、大きく悲しみましたね。
地図上のすべての場所に行ったけどこことはちがう場所が悲しい (伊勢谷小枝子)
「こことはちがう場所が悲しい」。この文脈で読むと、「悲しい」が別の言葉に見えてきます。
落語の「まんじゅうこわい」における「お茶が一杯こわい」みたいな感じ。
見事な攻撃です。
*
伊勢さんの伊勢さんによる伊勢さんのための悲しみなのに悲しい (伊勢悟史)
鮮やかな自己紹介短歌をありがとう。
この短歌は当初、
伊勢さんの伊勢さんによる伊勢さんのための悲しみだから滑稽 (伊勢悟史)
という作品でしたが、私が遠くからつぶやいただけで、あっというまに改作が成し遂げられました。
伊勢さんのblog参照。
東には青を置くのがいいらしいから寝室に悲しみを置く (伊勢悟史)
やっぱり。悲しみは青いんですね。
その風水が幸せを呼びますように。
……で話って? 悲しいことがあったって? うどんが煮えてきたからあとで (伊勢悟史)
「……で」のところの字余りが独特のリズムになっていて、気持ちいい。
でも恋人とか奥さんの話は、ちゃんと聞いたほうがいいよ。
*
だめだこのひとは あたしを見ていない 無防備すぎる背中かなしい (佐々木なふみ)
ほら、伊勢くん……。「だめだこのひとは」なんて、ひらがなで言われちゃったよ。
佐々木さんは佐々木さんで、「無防備すぎる背中」なんていう言葉づかい、無防備すぎる……。もうひと工夫。
*
恋してる相手にばかり恋をする悲しい恋はただのくせかも (新矢史記)
「悲しい恋はただのくせかも」がよい。
前半は、この後半につながっていく必要充分な言葉だけど、過剰なものがないぶん、面白みには欠けます。
でも「恋」と「悲」が似ていることに気づかされます。
かなしみはお荷物でなく 大切な持ち物のひとつだと思った (新矢史記)
最初が「お荷物」だったら、次は「持ち物」ではなく「荷物」にしたら?
かなしみはお荷物でなく大切にしたい荷物のひとつと思う
……とか。
*
なお、新矢史記さんのバツイチ短歌シリーズは、いただけませんでした。
ご本人に離婚歴があるかないかは別にして、「他人事」の場所から動かずに言葉を投げている感じがします。
バツイチ当事者である私には届かなかった。たとえば私の場合、バツイチであること自体はどうでもよくて、子供に会えないことがつらいです(詳細は「週刊朝日」の連載参照)。
あなたへの返歌を1首。
バツイチと括弧にくくり乾かしてみたカナシミは中がべとべと (枡野浩一)
*
そこじゃない さっき触ってくれたとこ あっちのほうが悲しかったよ (林野つみき)
そんなこと言われたら、触りまくってしまいそう。
最近、してないな……(遠い目)。
*
まっすぐに涙がこぼれたとしても正しい悲しみとは限らない (あきつよう子)
そうっすか。悲しみに正しさを求めますか。
僕のこの涙を信じないというのですね……(遠い目)。
*
ひらがなのままでいいのに変換をされた漢字のように悲しい (丹生谷歩美)
推敲を重ねて居た丹生谷歩美賛のblog、遡って見て遣って下さい。
*
ちょっと待てその悲しみはお前のか 不法所持にて即刻逮捕 (ナシノ)
悲しみにも名前が書けたらいいのにね。326(←嘘)。
昔テレビの仕事で会ったきりだけど326くん、元気ですか。
*
水面で揺れるネオンがきれいとか思えるときはいつも悲しい (永吉リエ)
きれいだから
悲しいんじゃない
悲しいときだから
きれいとか
思えるんだなあ みつを(←嘘)。
*
「悲しい」は口にするほど軽薄になるので できるだけ口にする (志井一)
そんな彼から友達は皆離れていきました。
でも私だけは知っていた。彼は悲しみを口にすることで闘っていたんだと思います。
*
かなしみは自分の両手で押し流そう和式便所は膝で流そう (matterhorn)
前半の情報と後半の情報を逆にしたほうが効果的なはず……と一瞬思うんだけど、やってみるとそうでもない。
かなしみの処理の仕方を和式便所の流し方に重ね合わせてる身もふたもなさがいいのかな。
ちなみに「膝で流す」って、どうやるの?
*
かなしいが笑ってほしいひとりよりふたりがすきであなたがきらい (松陽)
「ひとりよりふたりがすきであなたがきらい」がいい。
前半が余計なものに見えてしまうのが難点。無理に「かなしみ」の短歌にしなくていいから、推敲して再投稿してください。
*
鳴いたけどだれも拾わなかったのでワタシは箱を出てゆきました (佐野水美)
これは(リズムを考えないでよければ)「だれにも拾われなかったので」としたほうが、文脈上しっくりこない?
「かなしみ」という言葉がなかったけれど、捨てられた子犬のように目にとまりました。
*
君達の詠んでいるカナシミとやら全部嘘だろオレもそうだぜ (佐々木あらら)
これは「うそ」をさかさにすると「そう」になるということを、もっと自覚すればよかったですね。
というのは嘘。本当はどうでもいい。
人は自分の本心と照らし合わせて他人の本心を探ろうとするから、嘘つきの君には他人の「本当」まで嘘に見えちゃうんですよ。
俺のかなしみは本物だぜ。
*
新聞を切り抜くハサミ持っている カニは哀しい 父に似ている (鯣点天)
ほらね、あららくん。
変なこと言って油売ってるから、君が推敲を重ねてた「ワニ」の短歌が完成しないうちに、勝手に「カニ」にされてしまいましたよ。哀しい。
*
以上。かなしんでいた4月も、もうおしまい。
でも、来月以降もかなしみ短歌が生まれてしまったら、投稿していいですよ。ただし、トラックバックは常に「最新の記事」のところにしてください。
というわけで、5月のお題を発表します。
「笑い」。「笑う」でも「笑顔」でも「苦笑」でもいいです。「笑」という字が入っていれば。「わらう」とか「ワラウ」とか表記は自由。「藁」をつかった人は、そういう人とみなします。
まあ、とにかく投稿してみて。
以下は、枡野浩一の笑い短歌オールキャストです。
もう愛や夢を茶化して笑うほど弱くはないし子供でもない
「じゃあまた」と笑顔で別れ五秒後に真顔に戻るための筋肉
ストローの袋みたいに軽薄な俺の苦笑が風に転がる
シャンプーの容器に入れた血液を飛ばして笑う遊びは禁止
笑わない母を見舞いに行くための終バスを待つ兄と妹
こんじきの髪なびかせて「ぐれるにも顔が大事」と笑うトモユキ
カッコして笑いと書いてマルを打つだけですべてが冗談みたい(笑)。
2004 04 29 09:12 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.04.22
< 「かなしみ」評その3 >
今週は「174」の投稿をかなしく拝読しました。
この連載を引き受けたときはこんなに投稿があるとは思っていなかったので、毎週1首か2首とりあげてコメントすれば充分だろう、楽々な仕事だ……とタカをくくっていました。
甘かった。今やってる仕事の中で一番大変。だまされた気分でいっぱいです。
……という言い方で嬉しさを表現してみました。
この連載はとりあえず3ヵ月は続きます(あと2ヵ月と1週間)。その先は未定です。そのうち投稿しよう、とか思っていると投稿できなくなってしまうかもしれないので、気になった人は今すぐ参加してくださいね。
本当は、細く長く淡々とタメ息のように続けたい連載なんですけどね……ままならない。
*
皆さんのレベルがなんとなくわかってきたので、だんだん短歌を見る目が厳しくなっています。
私は今までいろんな場所(テレビやラジオや雑誌やトークライブ)で投稿短歌を見てきましたが、ココログの投稿のアベレージは高いと思います。ふだんから言葉で何かを伝えようとしてきた人々が集まっているからなのでしょうか。
ただ、全体的に「読める」作品は多いけれども、その反面「こ、これは!」と唖然とするような作品はあまりありません。
『かんたん短歌の作り方』(筑摩書房)の元になった連載は、今はなき「キューティ・コミック」という女性漫画誌に載っていたのです。短歌どころか活字にも興味がないというキューティな読者たちから、それはそれは変テコな作品が次々と届いていました。
もし、あなたのまわりに短歌なんか一生つくらなそうで、でも飛び抜けて面白いやつがいたら、ココログに呼んでやってください。(そういうやつは、パソコンやってないのかなあ……)
見たこともないような短歌が見たいです。
*
というわけで評です。
今週は投稿順ではなく、恣意的にとりあげる順番を決めました。
*
まず、おわびがあります。
前回、「字足らずで頑固」だと指摘した、
教室の机に顔を埋め込み泣いていたのを思い出したよ (緒川景子)
……は、じつは字足らずではありませんでした。おわびして訂正します。
詳細は、こちらをご覧ください。ただし、「頑固」というのはどうも当たってる気がしてならず、訂正しないでおきます。
そういえば今週、別の人が「擦れ合う」という言葉をつかった短歌を投稿していましたが、これも「こすれあう」「すれあう」の2通りの読み方があります。誤読されないように、工夫してみてください。
*
悪いわね覚えてたのよ君の顔 悲しみがまだあった頃には (緒川景子)
以前の投稿作の改訂版ですね。一応、まとまったと思います。
緒川景子さんのblogをさかのぼって読むと、元の歌がどういう推敲を経てここにたどりついたのかがわかって面白いです。私もコメントを寄せています。必読。
*
アラステキ 大作なのね泣けたのね 泣けるのなんか悲しみじゃない (オカザキなを)
これも以前の投稿作の改訂版。オカザキなをさんのblogも、さかのぼって読んでみてください。
アドバイスしたのが同じ人(枡野浩一)なので、緒川景子さんの短歌とオカザキなをさんの短歌の文体が、それぞれ少し似てしまったのはちょっと残念。この文体はピアノでいえばバイエルみたいなもの(……ちがうかな)。こういう基本の書き方もできる、と知った上で、どんどん逸脱していってください。
オカザキなをさんの「泣けるのなんか悲しみじゃない」は、一番最初に投稿した案も、捨てなくていいですよ。
*
ここでちょっと講義。
べつに枡野浩一ひとりで確立した文体ではないと思いますが、昔こんな短歌をつくりました。
冗談はさておきという一言で気づきましたよ 冗談ですか (枡野浩一)
……で、佐藤真由美さんがその文体を引き継いで、こんな傑作をつくりました。
この煙草あくまであなたが吸ったのね そのとき口紅つけていたのね (佐藤真由美)
この傑作をわざと失敗作につくりかえると、こうなります。
口紅のついた煙草をあくまでも俺が吸ったと言い張る男 (失敗作)
ね、駄目でしょう? この失敗作を私は「あらすじ短歌」と呼んでいます。
新聞歌壇なんかには、「あらすじ短歌」と呼びたい作品がたくさん掲載されています。皆さんはぜひ、「あらすじ短歌」からの脱却をめざしてください。
*
さっきまで泣いてたカラスがもう笑う 悲しみなんてほんとでウソだ (オカザキなを)
オカザキなをさんの新作。
「悲しみなんてほんとでウソだ」というフレーズはいいのですが、前半が単なる説明になってしまいました。もうひと工夫!
*
花中葬 今は悲しいまま進み いつか追い抜くつもりの二十歳 (木村比呂)
これは面白い。
「今は悲しいまま進み いつか追い抜くつもりの二十歳」……なんというか、すでに名作みたいな颯爽とした佇まいを持った短歌です。
描かれているシチュエーションは正直わかりにくい。でも言葉のリズムの説得力が強いから、心が釘づけになってしまいます。
「花中葬」といった、それ自体で過剰なほどの「物語」「詩」を感じさせてしまう言葉をいれるのは私の好みではないのですが、これはこれで完成してるのかも。
でも、あなたの中に具体的に伝えたいイメージがあって、本当はそれを的確に伝えたいのにうまくいってない気がする、という場合は、また推敲して投稿してみてください。
*
右足で踏みぬいていく悲しみのスローモーション深夜トラック (木村比呂)
同じく木村比呂さんの作品。
「深夜トラック」という言葉が、ただの説明になってるというか、正しくハマってない部品に見えてしまうというか。
でも「右足で踏みぬいていく悲しみのスローモーション」というところは、なんかいい感じ。
そうだな……やや雰囲気重視かな。作詞だったら、こういうの通用するんだけど。
あなたはきっとセンスがいい。ほかの新作を拝読してみると、今後そのセンスに溺れてしまいそうな予感がするところが気になるけれど、今は着々と1首ずつ投稿してみてください。
*
悲しみは私語を慎み腕を組み少し離れて眺めるものだ (伊勢悟史)
悲しみを客観視しよう、という姿勢にひかれました。「私語を慎み」のところがいいですね。
無駄も無理もない1首です。
*
吐くくらい弾きたくなかったピアノでもトロイメライを弾ける悲しみ (辻郎)
これは微妙。
私は大嫌いなピアノを習っていた経験があるし、じつはバイオリンまで習っていました。街でふとクラシックを耳にして、「この曲、弾いたことある……下手だったけど」と、悲しみにひたることがよくあります。
なので、この短歌に描かれていることに共鳴してしまうのですが、うーん、表現はもっと工夫できるでしょう。
前半の「吐くくらい」はやや言葉がナマすぎる感じ。後半も、たとえば「トロイメライが弾けて悲しい」とするだけでも印象ちがいます。
ご検討を。
*
低血糖 独りで倒れて床を這い 猫に餌やる私はかなしい (焼野原グリコ)
……すごい筆名ですね。ライバルは辛酸なめ子さん?
あなたのような書き方をしている人がとても多かったので、一例として取り上げました。内容だけ見れば、あなたの作品は比較的面白いほうだったので。
でもこれは、実際に経験したことの「あらすじ」ですよね。添えられているエッセイのほうが、かなしさをいきいきと伝えています。
『かんたん短歌の作り方』(筑摩書房)でも書きましたが、エッセイや小説にしたほうがより面白く表現できることは、短歌にしないで。エッセイや小説にしてください。
「低血糖」といった説明的な一語があるだけで、短歌は台なしになってしまいます。説明をいれてもいいのですが、それが説明に見えない書き方(「説明」でなく「描写」になってる書き方)を考えてみてください。もしくは、説明なら説明ばかりで徹底させれば、それはそれでまた別の完成度のある短歌になります。
焼野原グリコさん以外の皆さんも、これは「あらすじ短歌」になっていないか? と、常に自問してみましょう。
*
バナナ園シーズンオフに母と来る ワニは哀しい 父に似ている (佐々木あらら)
これも前半は「あらすじ短歌」っぽい。
でも後半の「ワニは哀しい 父に似ている」がいいと思いました。つまり、父が哀しいわけね。
ここを活かして、「あらすじ短歌」でなくするにはどういう角度で書いたらいいか、苦しんでみてください。
「バナナ園」は正しくは「バナナワニ園」ですよね。そういう省略は無理矢理するとキズに見えてしまいます。
ご健闘を。
*
次週、「かなしみ」の最終回です。
ご参考までに、ここで枡野浩一のかなしみ短歌オールキャストを紹介しておきます。
かなしみはだれのものでもありがちでありふれていておもしろくない
他人への怒りは全部かなしみに変えて自分で癒してみせる
結婚はめでたいことだ 臨終はかなしいことだ まちがえるなよ
かなしみにもしも重みがあったならおまえ三匹程度かなしい
ただひとつ悲しいことがあるだけで私の中のすべてが黒い
神様というのは君のしたことを悲しんでいる誰かのことだ
最後の1首は、『君の鳥は歌を歌える』(マガジンハウス/角川文庫)収録作で、村上龍の小説『ラブ&ポップ』(幻冬舎文庫)を「短歌化」したものです。(ただし、『ラブ&ポップ』を読んでこの短歌をつくれる人はほかにいないと思うので、枡野浩一のオリジナル度の高い「短歌化」ですが)
調べてみると「かなしみ好き」ですねー、枡野浩一。皆さんも負けずに、思う存分、かなしんでください。
2004 04 22 11:28 午後 | 固定リンク | トラックバック
< トラックバックのお約束 >
トラックバックは最新の記事のところに投稿するようにしてください。そうでないと、新しい投稿があったとき、すぐに気づけないので。(過去の記事に関するリアクションであっても、過去のお題でつくってみた短歌であっても、とにかく「最新の記事」のところに! 枡野浩一がいちいち過去の記事を振り返って読んだりしないで済むよう、ご協力お願いします) それと、トラックバックはまず第1行目だけ拝見するようにしています。つまり複数の短歌を投稿する場合は、短歌1首ごとにトラックバックを新しくしていただけると助かります。気が向いた時には、皆さんのトラックバックに直接コメントを書きこんだりもしていますので、おびえないでくださいね。どうぞよろしくお願いします。
2004 04 22 02:01 午後 | 固定リンク
2004.04.15
< 「かなしみ」評その2 >
「かなしみ」っていうお題は、難しかったかもしれませんね……。
なぜなら、「かなしみ」という言葉を直接つかわずに、かなしみを感じさせたほうが、短歌としては品のいいものに仕上がるから。
かなしみはだれのものでもありがちでありふれていておもしろくない (枡野浩一)
という私の短歌は、途中を抜かすと、
「かなしみは…………おもしろくない」
と言っているわけで、かなり強引な文章です。かなしみがおもしろいはずないじゃん!
だけど、もし枡野浩一の短歌を枡野浩一がパロディにするとすれば、
かなしみはだれのものでもありがちでありふれていてああおもしろい (枡野浩一)
というふうにするかな。手垢のついた「かなしみ」という言葉を、いかに初々しく響かせるか……という角度で勝負するのです。
*
先日、あるHな雑誌の仕事で、「ニャンニャン」という言葉を詠みこんだ短歌をつくってほしいと依頼され、けっこう悩みました。
私の辞書には「ニャンニャン」なんていう素敵な日本語、存在しなかったからです。
でも、プロですから、つくりましたよ。
まず、「ニャンニャン」という日本語を私がつかうことがあるとすれば、きっと「ニャンニャン写真」という、「昔懐かしい死語」としてつかうだろう、と考えました。
ニャンニャン写真……と言われて思いだすのは、私の世代だと、高部知子です。異論もあるでしょうけれど、そのへんは皆さん、ご自由にトラックバックで語ってください。
で、「高部知子のニャンニャン写真」というフレーズをまず、決めました。これで7/7になっていますから、あとは前半に5/7/5をくっつければ短歌になります。
ここからが腕の見せどころですね。
高部知子のニャンニャン写真というのは、存在それ自体が、かなしい。だから、これ以上ネガティブな言葉をいれるのは、やめようと思いました。
かなしさを増幅させるために、逆の要素をいれてみるのです。
……そんなふうに考えていって、私が最終的に発表したのは、こういう短歌でした。
撮ったのはしあわせだったからだろう 高部知子のニャンニャン写真 (枡野浩一)
結婚と離婚を経験した枡野浩一三十五歳のほろ苦い心情が投影された、かなしさ満タンの短歌になっていると自負しています。
以上、「枡野浩一はこんなふうに短歌をつくることもある」という、ほんの一例でした。毎度毎度こういう手順でつくってるわけではありませんので、念のため。
*
しかしまあ、トラックバックの数、凄いですね……。
こちらの説明不足もあって、投稿の場所が分散してしまったのですが、「264」+「63」=「327」。
前回の段階で「180」のトラックバックを拝見していたので、新たに投稿されたのは「147」という計算になります。
えーと、すみませんが以後、トラックバックは最新の記事のところに投稿するようにしてください。そうでないと、新しい投稿があったとき、すぐに気づけないので。それと、トラックバックはまず第1行目だけ拝見するようにしています。つまり複数の短歌を投稿する場合は、短歌1首ごとにトラックバックを新しくしていただけると助かります。気が向いた時には、皆さんのトラックバックに直接コメントを書きこんだりもしていますので、おびえないでくださいね。どうぞよろしくお願いします。
では、「評」に移ります。
とりあげる順番は、「投稿順」です。トラックバックの投稿場所の関係で、時間軸が前後したりしてますが、おゆるしを。
*
悲しみは個人のものだ 死んだってお前なんかと分かちあわない (詠人不死)
なるほど。この心意気、いいですね。
この短歌の「個人」という言葉を、たとえば「私」に変えてみると、どうなるでしょうか。
悲しみは私のものだ 死んだってお前なんかと分かちあわない
ね、印象変わるでしょ?
原文には原文のよさがありますが、やや「理屈」寄り。頭で理解してから、気持ちで受けとめるのに少し時間が必要です。改作バージョンのほうは、読者が当事者になれる感じです。
俺は「私」なんて一人称つかわないぜ、という場合は「俺」をいれて、別の部分をいじってリズムを整えることもできるはず。ご自身で工夫してみて、よりよい案がうまれたらまた投稿してください。
*
教室の机に顔を埋め込み泣いていたのを思い出したよ (緒川景子)
この短歌は、淡々と情景描写をしているのだけなのですが、「思い出したよ」という言葉があることによって時間の奥行きが感じられて、いいですね。
でも、「教室の机に顔を埋め込んで」にすれば、びったり57577になるのに……。どうしても字足らずにしたかったの?
そういう細かいところに作者の頑固さを感じます。頑固なことは、表現者にとってはプラスにもマイナスにもなります。まずは、その頑固さに気づいて。
*
かなしみのうわずみだけを口にして みせびらかすの 片足立ちで (佐々木なふみ)
片足立ちで辛うじてバランスをとっているような1首。
絵具を生の色のままつかっているような、洗練されていないところ(感情・見えるもの・聞こえるもの・動作……が整理されずに並列されている感じ)がありますけど、これはこれで魅力的なので選びました。
*
泣き方がナポレオンズのマジックのようにきちんと馬鹿だ 悲しい (柴田有理)
「ナポレオンズのマジック」って、私よく知らないのですが、知らないなりに映像が目に浮かぶ気がしたので選びました。
「きちんと馬鹿だ」というフレーズがいいです。
*
最期には縮んでいって終わるのに悲しむために伸びるんですか? (かみやひろし)
面白い。いろいろ考えさせられます。
「最期」っていう言葉は、「最後」よりも意味が限定されますね。「死」を感じさせるのが「最期」。でも私のセンスだと、そこまで親切に説明するのは避けて「最後」と書きたいです。
「最後」にすれば、性的なイメージも重ね合わせられるし……だめ?
*
悲しさを伝えるために作られた着信音しか鳴らない電話 (かみやひろし)
なんて悲しいこと考えるんだ……きみは。
「着信音しか鳴らない電話」というのが、具体的にどういうモノなのかは伝わってこないけれど(ベルは鳴るが会話はできない電話?)、とにかく「悲しさを伝えるために」何かを作るなんて。
そのセンチメンタル王子様っぷりに1票です。
*
試着して、サイズ合うのは子供服。 海外生活、そこが悲しい。(檜垣源之助)
あれほど言っても、まだ句読点をつかうのですね……。
句読点をつけると、57577に整えるのが楽になるのですが、「楽」をしてつくったものは、凄くないです。人は皆、「これは自分にはつくれない!」という作品を読みたいのですから。
でも内容が普通に悲しかったので選びました。
*
ゲーセンの暗さの中で気が付いた ひとりぼっちは悲しいことだ (あきつよう子)
「ひとりぼっちは悲しいことだ」という、わざわざ言うまでもない当たり前のことを、今さらのように再発見しているところが面白いです。
でも、前半の舞台設定は、もっと工夫できるでしょう?
*
悲しみに友はうなだれ 寄りかかる壁の向こうに歌が聞こえる (広海広志)
後半が魅力的です。
でもこの場合、「悲しみ」という言葉は邪魔ですよね。だって「うなだれ」で充分わかるもの。悲しいって。
今月のお題に合ってなくてもいいから、「悲しみ」という言葉をなくして、つくりなおしてみてください。
「友」という言葉は、書き言葉すぎて、かたいです。57577にハメるために、普段つかわない言いまわしをつかうのはやめましょう。(私だったら、「友」のかわりに「彼」「君」「僕」をいれてみる)
余談ですが(広海広志さんには関係ないけど)、よく短歌の初心者が「〜すりゃ」とか「ありゃしない」とかいう変な言いまわしをつかうのです。あなたが忌野清志郎じゃない場合はやめましょう。
*
「かなしい」と言ったら君が悲しむと思って「すとんとする」って言った (いぬいらいち)
最終的に投稿された1首ではなく、推敲途中の1首を選びました。
「すとんとする」って、意味不明だけど、この主人公にとっては「かなしい」の同義語なんですよね? そのことは伝わるから、これ、成功していると思います。
*
振り上げた刀がわりの長ネギの下ろし場所ないまさかかなしい (古賀及子)
あなたの変テコな言語感覚に、絶句。
「まさかかなしい」って、不思議な言いまわしですね。
「場所ないまさかかなしい」と、1文字あきなしで畳みかけられると目まいがします。
でも、変人ならではの楽しいこだわりに満ちている気がするので、これはこれでいいのかも。
*
今僕の悲しみで発電したら豆電球が二時間灯る (出石正比古)
今僕の
悲しみで発
電したら
豆電球が
二時間灯る
という言葉の区切り方が、アジアン・カンフー・ジェネレーションの『君という花』の歌詞みたいに無理矢理っぽいことを除けば、よく出来ていると思います。
「悲しみで発/電したら」のようなところを、短歌の専門用語で「句またがり」と言います。句またがりは普段は多用せず、ここぞというときにだけつかうと効果的です。
「豆電球が二時間灯る」というあなたは謙虚ですね。
「サーチライトが百年灯る」だと中島みゆきみたいで迫力満点。
*
この声が無限に届けられそうな澄みきった青空でかなしい (辻郎)
これも「句またがり」がありますが、成功していると思います。
「この声が無限に届けられそうな澄みきった青空で」というところまで読むと、「嬉しい」とか「楽しい」とか「すがすがしい」とかいう言葉で終わってもよさそうなのに、「かなしい」で終わっている意外性。
「かなしい」という言葉で、「せつない」気持ちをうまく伝えている感じです。
*
君の歌すごく心に染みるから歌わせないよ悲しい歌は (宮前平)
短歌の主人公が健やかなところにひかれました。
いいやつですね。結婚するなら、こういうことを言ってくれる男がいいかもよ。
*
かなしいやうれしいよりも有頂天とかどん底みたいなのが好き (田久保化石 )
前回の投稿作を57577に整えて、再投稿してくれました。
文字数を整えるときは、声に出して読んでみると、リズムの善し悪しがわかります。
感情をあらわす単語の、順番も吟味してみてください。たとえば、
かなしいやうれしいよりもどん底や有頂天とかそんなのが好き
とか。よりよい仕上がりを思いついたら、また投稿してみてくださいね。
*
今週は、ここまで。
ますますの「かなしみ」をお待ちしております。
2004 04 15 07:12 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.04.09
< 「かなしみ」評その1 >
カリスマ歌人て……。
好きな男性って……。
さようならって……。
顔写真て……。
春らしく「かなしみ」って……。
絵・武山忠司
と、つっこみどころ満載の第1回原稿を発表したつもりだったのですが、意外と私の期待したようなつっこみは少なかったみたいです。
それにしても、絶句するほどたくさんの投稿、ありがとうございます。自分が室井佑月さんよりも人気者になったような錯覚に陥りそうです。
でも本当は皆さん、枡野浩一の本は1冊も読んだことなかったりするんですよね。ええ、世の中そういうものです。でも立ち読みでも図書館で借りてでもいいから、なるべく読んでください。佐藤真由美さんや加藤千恵さんの本も面白いですよ。(先日、集英社文庫から佐藤真由美さんの『恋する短歌』が出ました。オールカラーできれい。傑作です!)

短歌って、ほかの人の作品を読めば読むほど「自分ならこう書く!」と考えるし、表現の幅が広がるんです。
あ、せっかく「すべての投稿作が一覧できる」というblogならではのメリットがあるんですから、ほかの人はどんな短歌を投稿してるのかなーと、偵察してみることもおすすめします。
というわけで、今なおトラックバックは着々と増え続けているのですが、とりあえず180まで見て私の心に残った短歌を選び、コメントしてみたいと思います。
とりあげる順番は、「投稿順」です。初回なのでちょっと甘めに……。
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好きなコが 「フラレちゃった」と胸で泣く かなりのしみだ これがかなしみ (実話・木下愛郎)
ええと、お名前に添えられている「実話」というのはお名前の一部ではなく、肩書でもなく、「この短歌は実話なんです」という意味ですよね?
実話の面白いエピソードをそのまま書けば面白い短歌になる、というのは大きな誤解なのですが、この作品の場合は一応うまく着地していると思いました。
「かなりのしみだ これがかなしみ」などと、妙に淡々と駄洒落を言っている主人公の醒めた態度が可笑しみにつながっていて、その可笑しみがまた「かなしみ」にもつながっています。
私は駄洒落や言葉遊びには厳しいのですが(自分が得意なので)、これは合格レベル。
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友達とだるまを投げて遊んだらだるまが割れてとてもかなしい (青木麦生)
こ、これはかなしい……。だるまを投げて遊ぶ行為自体がかなしいのに、まさか割れるなんて……。
でも、遊んだ相手は「友達」ではないほうが、より一層かなしみが増しますね。
「先生と」「先輩と」「父さんと」「母上と」「姉ちゃんと」「妹と」「弟と」……ほら、イメージがひろがっていくでしょう? あなたの感覚で、「友達」以外のだれかを見つけてください。
事実がどうだったかなんて関係ないのです。真実を伝えるために、時には嘘をつきましょう。
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かなしいと 言ってみたのは 嘘じゃない 冗談じゃない 四月ばかばか (米光一成)
これは、全体的には意味不明なのですが、「四月ばかばか」の響きが可愛かったので選びました。語尾が可愛いと、短歌全体もOKであるような気がしてきませんか。
なお、短歌は57577の切れ目ごとに1文字あきをいれなくても大丈夫です。いれる必要のあるところにだけいれましょう。
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かなしいとかうれしいとかより有頂天とかどん底が好き (田久保化石)
主張はなかなかユニークなのですが、ちゃんと数えてみてください。57577になってませんね? 57577に仕上がったら、また見せてください。
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突然の いかりや 別れや 悲しみや 叶わぬ夢は 全員集合 (圧奇異)
いかりや長介さんの追悼歌ですね。
かなしみのあまり支離滅裂になっていると解釈すれば、これはこれで完成していると言っていいかもしれません。こういった題材に挑んでみたチャレンジ精神に1票です。
ただ、子供の頃にテレビをNHKしか見させてもらえなかった私にとっては、また別の意味でかなしくなる短歌です。
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このみちはあのひきたみちはれのみちかなしみはいまあのひとはいま (秋野道子)
童謡のような言葉のたたみかけが、ちょっと心地よかったので選びました。完成度はもっと高められると思います。後半は「〜いま」のリフレインでいいのか、とか。推敲して、また投稿してください。
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2着でも負けたといわれ 桜しかない山を見て ふんとかなしむ (古川三叶)
競馬のハルウララの気持ちになって詠んだ短歌なんですね。
それをふまえて読めば、なるほどと思います。競馬新聞に発表すれば反響があるかも。競馬に興味がない人(私)にとっては、説明がないとわからない仕上がりになっているのが弱点です。
「2着でも負けたといわれ」のところをふくらませると、より普遍性のある作風に変わるかもしれません。工夫してみてください。
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aloneは一人ってことlonelyは独りになって哀しむことさ (詠人不死)
キザですね……。でも短歌としては完成していると思います。
「一人」と「独り」の漢字をあえて変えたり、「哀しみ」という文学臭のある漢字を採用したりするところは私の好みではありませんが、キムタクがドラマの中で口にするのならギリギリゆるされるかもしれません。「メイビー」よりはいいのでは……。だめ?
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そのかなしみは仔猫とおなじ膝のうえ抱いて寝るのも突き放すのも (真夜)
「そのかなしみ」は7文字。しょっぱなから2文字も字余りです。でも全体の雰囲気はわるくない。どうしても字余りにしないと気が済まないと、悩んだあげくの選択だったら、これでもいいかもしれません。
全体的にやや気分に流れてしまってるかな。「おなじ」という言葉でいいのかとか、改善の余地がたくさんありそう。推敲してみてください。
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悲しさはメープルシロップの味がしたホットケーキにしみをつくって (出石正比古+須永朝子)
これも前半、かなり字余りですね。同じ内容で、字余りのない書き方もできるはずです。「これで完成だ!」と満足せず、いろんな書き方を試みてみてください。試みたあと、結局ここに着地したというなら、OKです。
誤読を避けるため、「味がした」のあとは、1文字あきをいれたほうが親切だと思います。
この短歌の魅力は、「悲しさ」なのにメープルシロップのような「甘い」味がした、という皮肉な構図です。メープルシロップ(甘い)のしみこんだホットケーキ(あったかい)を食べながら、悲しさを味わっている……というイメージなのでしょうか。その着眼点に1票。
なお、ふたりの合作ということで連名になっていますが、経緯の説明を読むかぎり、これは須永朝子さんの作品だと私は思います。
短歌は「何を書くか」よりも「どう書くか」のほうが、より重要なジャンルです。そのへんのことは、追々またご説明する機会も訪れるでしょう。
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悲しみは 時が癒すというひとは きっととっても 忘れ易いひと (紫月美夜)
この短歌は、1文字あきは全然いれる必要ないですよね。
まだリズムがよくない部分もありますが、言っている内容は身もふたもなくて、なるほどと思ったので選びました。
あなたの筆名は宝塚の美女にだけゆるされるレベルの漢字満載です。あなたの顔写真、お待ちしています。
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目の前に広がる色は悲しみだ 君が出て行きドアが閉まった (ゆん)
「悲しみ」を情景描写で伝えようとしている意欲を買いました。
「色」という言葉は少々安易なのでは? あと、ドラマの設定自体は、平凡です。
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悲しみがなくなったときもうきみの顔なんて忘れてしまいました (緒川景子)
悲しみがあったときはきみの顔をおぼえていました……というふうに、逆の言い方で描いたほうが面白くなるかもしれません。
語尾のところのリズムが崩れすぎです。ご検討を。
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そのこころ、うれしいとかけたよろこびも、かなしいとといてかなしみにする (古賀及子)
……。なんだかよくわかんないけど、禅問答のようで気になりました。
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またっすか… 「泣きました!」なんて本のコピー。泣けるのなんか悲しみじゃない。(オカザキなを)
「…」や句読点などに頼らずに書いてみてください。句読点をつかうと、文章力のなさが、ごまかせるのです。
「泣けるのなんか悲しみじゃない」というフレーズはいいと思います。
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石焼きいも 炊きたてご飯 焼きざかな キムチ 御新香 おいしいかなしい (オカザキなを)
くいしんぼうですね。自殺したマラソン選手の遺書を連想しました。
「おいしいかなしい」と言われても戸惑うばかりですが、無視できない戸惑いだったので選びました。
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かなしい日。紙パック入りミルクティー甘すぎだから、少し、憎んだ。(佐々木なふみ)
これも句読点に頼らないで書いてみてください。
「かなしい日」という言葉が、あまり活きていませんね。
「かなしい」「甘すぎ」「憎んだ」といった感情的な言葉が多くて、相殺されてしまっています。ポイントを絞ってみてください。
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約束がこの7月まで入ってて かなしいけれどそこまでは行く (藤本)
「この7月まで」のところは「この9月まで」とすれば、字余りがなくなります。いくつもの書き方を試みてみて、それでも「この7月まで」と書かなくては死んでしまう、と感じたら、これでもいいです。
この短歌の場合、「かなしいけれど」というフレーズは、ないほうがいいかもしれません。無理に「かなしみ」というお題に合わせなくていいから、別の短歌にしてみてはいかが。
夏の着物をもらったから夏までは死なずにいようと思った、太宰治の短編を連想しました。
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以上、かなしみから逃げるようなスピードでコメントしてみました。予想よりたくさん気になる歌がありましたよ。
現段階でのお気にいりベスト1を選ぶとしたら、
友達とだるまを投げて遊んだらだるまが割れてとてもかなしい (青木麦生)
これですかね。
「とてもかなしい」という語尾は、とても普通な言い方ですが、応用がききそうです。
加藤千恵『ハッピーアイスクリーム』(中公文庫)の収録作品に、こんなのがあります。
投げつけたペットボトルが足元に転がっていてとてもかなしい (加藤千恵)
初心者すぎて短歌なんかどう書いたらいいのかわからない、という人は、この「〜とてもかなしい」という語尾を借りて書いてみるといいかも。
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さて、全体の講評ですが、枡野浩一の短歌のパロディというか、アレンジというか、そういう作品が目立ちました。
替え歌が得意な人は作詞家に向いている、と言ったのは秋元康ですが、たしかに短歌もパロディからスタートしてもいいとは思います。
ただ、「元歌を知らない人にも楽しめて、元歌を知っている人にも楽しめるパロディ短歌」というのをめざしてみてください。皆さんのパロディ短歌は、枡野浩一の元歌を知らない人にはチンプンカンプン、という仕上がりのものが多かったです。
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では、ひきつづき今週も「かなしみ」の短歌、募集します。
「かなしみ」とは関係ない短歌が出来てしまったんだけど……という人は、遠慮がちに投稿してくれてもいいです。
どうぞよろしくお願いします。
2004 04 09 11:05 午前 | 固定リンク | トラックバック
< 短歌投稿のお約束 >
以下は「短歌投稿のお約束」です。
皆さんのつくった短歌を募集します。未発表のオリジナル作品に限ります。二重投稿(ほかのコンテストに同じ作品を投稿すること)は厳禁。
枡野浩一が面白いと思った作品をとりあげ、コメントします。とりあげた作品の著作権は、枡野浩一に帰属するものとします。将来、ココログの連載をもとに何らかの単行本をつくる可能性もあります。その単行本が大ヒットし、枡野浩一が大儲けしても勘弁。
ただし、万一その人が単独で作品集を商業出版することになったりした場合は、作者本人に印税が支払われるよう配慮しますのでご安心ください。そのほか(めったにないことですが)、短歌が広告につかわれるなどして利益を生んだ場合も、同様に配慮します。また、枡野浩一にとりあげられた短歌を自費出版の作品集に収録したいという場合は、ご自由にどうぞ。
短歌は毎月1回発表される「お題」にそったものをトラックバックに書いてください。必ずトラックバックの1行目に1行書きし、作者名を末尾に明記すること。
好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君 (枡野浩一)
……という感じです。
あらかじめ申し上げておきますが、私は個人的な考えにより、ハンドルネームとは別に、本名もしくは本名かと思うような筆名をつかう人をひいきします。筆名のセンスも作品のうち、と考えています。「月」という漢字を筆名にいれる場合は、最低でも室井佑月くらいの顔でなくてはならないと思うので、あなたのblogに顔写真を掲載してください。
トラックバックは、1行目だけは必ず拝読します。それ以外の部分も読みたくなるような、魅力的な短歌を1行目に書いてくださいね。
2004 04 09 04:09 午前 | 固定リンク
2004.04.02
< ココログの皆さん、はじめまして。 >
歌人の枡野浩一と申します。
35歳、バツイチ、吉祥寺在住。好きな男性は松尾スズキです。
本日からしばらくのあいだ、ココログで、皆さんの短歌を募集したり、短歌の作り方や楽しみ方をお話していこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。
私は「かんたん短歌」というものを提唱しています。めざしているのは、簡単な言葉だけでつくられているのに、読者が思わず感嘆してしまうような短歌。
短歌というのは、言葉の音数が5/7/5/7/7になっている、合計31音の詩です。ルールはそれだけ。俳句とちがって季語もいりません。
音数をかぞえるときは、声に出して読んでみてください。たとえば「やった」は3音。でも「チョキ」は2音です。「チョコレート」は5音。
短歌だからといって、「……なり」とか、古典調の言葉づかいをしないでください。というか、私は古典調の短歌をつくりません。古典調の短歌をつくりたい人は、私ではなく、古典調の短歌をつくっている歌人を先生にしたほうが幸せになれます。さようなら。
*
かなしみは
だれのものでも
ありがちで
ありふれていて
おもしろくない
……というふうに、言葉の切れ目と57577の切れ目が一致している短歌もあるし、
好きだった
雨、雨だった
あのころの
日々、あのころの
日々だった君
……というふうに、言葉の切れ目と57577の切れ目がズレている短歌もあります。
なるべく字余りや字足らずがないように、57577ぴったりにつくったほうが吉。字余りがあってもリズムがよければ大丈夫なんですが、字足らずがあるとたいていリズムが大きく崩れてしまいます。
*
詳しいことは拙著『かんたん短歌の作り方』(筑摩書房)に、過剰なほど親切に書いてあります。拙著というのは単なる謙遜で、本当はものすごい名著です。これで何人も歌人がデビューしました。
ただ、同書はちょっと頑固すぎるところがタマにキズかもしれません。今では少し考えが変わっているところもあります。
それに、同書から歌人が次々デビューし、私がプロデュースした加藤千恵さんや佐藤真由美さんの本もヒットしたし、短歌シーンもずいぶん様変わりしました。現在の私は昔よりも目が肥えています。昔なら単純に「面白い!」と思えた作品も、「こういうのはよくあるかも……」と感じてしまったりします。
このたびココログという新しい場で短歌を募集する機会に恵まれた私は、『かんたん短歌の作り方』以上の何かを待望しています。
まあ、そんなに堅苦しく考える必要はありませんが、皆さんの渾身の1首を、お待ちしております。
以下は「投稿のお約束」です。
皆さんのつくった短歌を募集します。未発表のオリジナル作品に限ります。二重投稿(ほかのコンテストに同じ作品を投稿すること)は厳禁。
枡野浩一が面白いと思った作品を毎週1首以上とりあげ、コメントします。とりあげた作品の著作権は、枡野浩一に帰属するものとします。将来、ココログの連載をもとに何らかの単行本をつくる可能性もあります。その単行本が大ヒットし、枡野浩一が大儲けしても勘弁。
ただし、万一その人が単独で作品集を商業出版することになったりした場合は、作者本人に印税が支払われるよう配慮しますのでご安心ください。そのほか(めったにないことですが)、短歌が広告につかわれるなどして利益を生んだ場合も、同様に配慮します。また、枡野浩一にとりあげられた短歌を自費出版の作品集に収録したいという場合は、ご自由にどうぞ。
短歌は毎月1回発表される「お題」にそったものをトラックバックに書いてください。必ずトラックバックの1行目に1行書きし、作者名を末尾に明記すること。
好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君 (枡野浩一)
……という感じです。
あらかじめ申し上げておきますが、私は個人的な考えにより、ハンドルネームとは別に、本名もしくは本名かと思うような筆名をつかう人をひいきします。筆名のセンスも作品のうち、と考えています。「月」という漢字を筆名にいれる場合は、最低でも室井佑月くらいの顔でなくてはならないと思うので、あなたのblogに顔写真を掲載してください。
トラックバックは、1行目だけは必ず拝読します。それ以外の部分も読みたくなるような、魅力的な短歌を1行目に書いてくださいね。
というわけで、4月のお題は……春らしく「かなしみ」。「悲しみ」「哀しみ」「カナシミ」と表記しても、「かなしさ」「かなしい」などと活用形を変えてもOKです。
かなしみはだれのものでもありがちでありふれていておもしろくない (枡野浩一)
……を超える作品、楽しみにしています!





























