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2004.05.27
< 「笑い」終了、次のお題発表 >
枡野浩一のデビュー短歌集『てのりくじら』(実業之日本社)の4刷が出来ました!
4刷なんて大したことないと皆さんは思うかもしれませんが、詩歌の作品集が(自費出版ではなく)商業出版されて、少しずつ売れて在庫がなくなり、ちゃんと増刷を重ねているというのは希有なことなのです。関係者一同でお祝いの席を設けたくらい。
それから「週刊朝日」のコラム連載、当初は3ヵ月で完了する予定でスタートしたのですが、好評につき1年は続くことになりました。早くも単行本化のお話をいただき、気をひきしめて毎週書いています。
この『枡野浩一のかんたん短歌blog』も、3ヵ月で終わらず、淡々と続いていくといいですね。
というわけで今週は「笑い」の最終回。
絵・武山忠司
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今週は「219」の投稿を拝読しました。
まずは、改作の投稿から見ていきます。
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なんとなくわたしのことを思い出し苦笑いするあなたがみたい (緒川景子)
これは枡野浩一からの改善案をそのまま反映した形になりますが、念のため、再度ご紹介しておきますね。
将来、『枡野浩一のかんたん短歌blog』をもとに単行本を出すとしたら、「短歌入門書」というよりは、「短歌作品集」みたいなノリのものにしたいと目論んでいます。
なので、掲載作の完成度は、できるかぎり高めておきたいのです。皆さんも、過去の投稿作の推敲案が生まれたら、面倒がらずに何度でも再投稿してくださいね。
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窓ガラス見上げた一瞬 心から笑うわたしと初めて会った (紫月美夜)
これも先週紹介した作品の改善案ですが、うーん、これで伝わるような気もするし、まだ駄目な気もします。
皆さんのご意見が聞きたい。紫月美夜さんのblogにコメントを寄せてください。
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ここからが新作。
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笑ったら死ぬと宣告されたけど松尾スズキの芝居が観たい (青木麦生)
ヤラレタ。
枡野浩一が松尾スズキ狂だということをふまえ(今週の「週刊朝日」参照)、見事な攻撃をしかけてくれました。
松尾スズキの芝居の宣伝文句として、これは100点満点。(ただし、満点の作品が必ずしも魅力的とは限らないのが短歌ですが)
さっそく松尾スズキさんご本人にも、お知らせしようと思います。
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ゴールだけ見ても泣けるしオチだけを見ても笑える世渡り上手 (伊勢谷小枝子)
なるほど。
「世渡り上手」の定義として、必要充分で面白い。川柳ふうに、よく出来ています。
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浴室で少し笑って来ますので坐禅のままでお待ち下さい (辻一郎)
「ますの」という言葉を巧みに詠み込んでくれました。(ただの偶然かも、とも思う)
現在制作中の枡野浩一公式サイトの名前が「ますので」なのです。坐禅のままで楽しみにお待ち下さい。
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体からはみでた笑い いつだって余りものしかあげないわたし (野上 由)
けちんぼ!
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もう一生ここにいれたらいいねって笑うあなたと一生いたい (オカザキなを)
……ここらへんから、改善の余地のある作品になります。
この作品は「一生」という単語を2度出すことで、短歌らしいまとまりを獲得しているわけですが、今となっては同じ単語を2度以上出すという手法は、たいへんありふれたものになってしまいました。(枡野浩一もさんざんつかいました。現在制作中の単行本『もう頬づえをついてもいいですか?』の中でも多用……)
禁じ手と言うほどではないけれど、「これは安易な手法だ」という自覚は持っていてくださいね。皆様も要注意。
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そのほかに解決策を示せない笑うことならできる人々 (志井一)
この短歌は、なんとなく上から物を言っているような印象の仕上がりになってしまっています。
たとえば、文末を変えてみましょう。
そのほかに解決策を示せない笑うことならできる僕たち
ね、「当事者感」が出たでしょ?
こういうふうに、角度を変えて推敲していってください。
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えがおからひろいそこねたしんじつが 映画のようにふるぼけていく (安藤三弥)
これは「映画のようにふるぼけていく」という比喩が、よくあるようで、意外と新鮮、という気がして選びました。
が、ひらがなをたようすると、もうそれだけでなんとなく詩てきなふんいきをかもしだすことができるので、ずるいといえばずるい。
〈笑顔から拾い損ねた真実が映画のように古ぼけていく〉と表記することの猥雑さに、耐えることも時には大切です。
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その口と同じ形で笑います もはや十分可笑しい二人 (柴田有理)
「もはや十分可笑しい二人」がいい意味で気になった。十分は「じっぷん」ではなく「じゅうぶん」と読ませるのですよね。
この前半はまだ動かせるのでは? このままでもわるくはないけど。
*
アイシンクそうだそうだとうなずいて人類以外に笑うおさんぽ (木村比呂)
……。
木村比呂さんの作品は、単なるひとりよがりにも見えるし、面白い個性にも見える。
『枡野浩一のかんたん短歌blog』の中では相対的に目立つけれど、歌壇の中に置かれたら凡庸に見えるかもしれない。
どんな日に離婚したいのあしたぼく笑いかえして油断をしない (木村比呂)
ここまでくると、離婚を経て前よりは我慢強くなったと評判の枡野浩一も切れる寸前。
もうちょっとわかる言葉で話してよ。弁護士ぬきで。日本の文字で。(57577)
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路地裏でにやりと笑う黒猫に僕の行為をすべて見られた (佐々木あらら)
あららさん。
黒澤あららっていうAV監督がいるんですね。どんな変な名前でもだれかとかぶるって、人生はつらく悲しいものですね。紫月美夜さんもきっと、同じ名字の人がアラスカあたりにはたくさんいるのでしょう。
冗談はさておき。
私は昔々、ある短歌コンテストで、「この人の短歌は、短歌が面白いというより、この人が面白いのでは」「作者の若さの魅力なのか、作品自体の魅力なのか、読めば読むほどわからなくなる」といった意味の批評をされて、憮然としたことがあります。けれど今、佐々木あららさんに対して同じことを言いたくなる私をゆるして。
ともあれ、面白いのはいいことです。今はただ、つくりつづけてください。
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二十歳のとき某コンテストに応募した私の短歌に、熱く的確な批評をくださった歌人の春日井建さんが亡くなりました。ご冥福をお祈りします。
「笑い」は以上で終了。ただし、今後も「笑い」の短歌が生まれたら、遠慮がちに投稿してもOKです。
来月のお題を発表します。「ひとり」。一人、1人、独り……表記はおまかせします。
枡野浩一の「ひとり」短歌は、次週紹介します。皆さん、1冊くらいは短歌集、買ってやってね!
ではでは。また来週。
2004 05 27 11:25 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.05.21
< 「笑い」評その3 >
先週の私はまちがっていました。
常連ばかりで何が悪いの? むしろ常連さんが生まれてくれたことに感謝すべきだったのに……。
いずれにせよ人はいつか「自分はもう枡野浩一を卒業した」などと笑顔でうそぶき、私のもとから去っていくのですから。結局だれもがひとりで生きていくのですから。
せめて今この瞬間だけは、つかのま、笑顔でコメントしたい枡野浩一です。
考えてみれば、毎週毎週レベルの高い大傑作ばかりが集まってしまったら、私もプロとして困惑するはず。いや、以前も書いたようにココログの投稿短歌の水準が高いがゆえに、期待が高まりすぎてしまっている、というのが本当のところでしょう。
今週も、ほんの刹那のおつきあい、何卒どうぞよろしくお願いします。
絵・武山忠司
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というわけで今週「177」の投稿の中から、笑顔で選んだのは、こんな作品。
まずは改作の投稿から見てみましょう。
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もう笑うしかねぇとゆずを絶唱 Max自分らしかったりする (PDP)
「ゆずを絶唱」ときましたか。
意表をつかれて笑ってしまったので紹介しますが、元の短歌を知らないとやや意味不明だし、リズムがあんまりよくありませんね。
あなたの情熱が、ワクにハマるのをいやがっているのかもしれませんが……。
もういちど元の短歌に戻って、愚直に「57577」に仕上げる、ということを試みてみてください。後半は字余りがあるけれど、このままでいいと思います。
「私は笑う」、私もこれが正解だと思います。
一回しかつかえない手ですけれど、畳みかけに不思議な味わいがありますね。
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ここからは新作です。
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死んだ夜 忘れない昼 笑う今朝 どんなわたしもあなたが好きだ (木村比呂)
死んだのに、忘れないし、笑ったりもできるあなたのバイタリティに感服。
後半のフレーズ、きまっています。
ぼくたちはロマンチックに笑えるしひろがってゆくもんじゃ焼きです (木村比呂)
そうですか、あなたたちは、もんじゃ焼きですか……。
靴音で笑いあえたらなって 蹴る くつくつくつ石畳どきどき (木村比呂)
そうですか、くつくつくつ石畳どきどきですか……どんどん意味不明になっていくもんじゃ焼きです。
だけど妙にひっかかる。あなたのような作風を面白がる読者はきっといるはずだから、続けてみてください。
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わかってる たぶんときっとの位置に立ち笑うわたしはあてにならない (緒川景子)
だれかをあてにしていないだけ、ましですよ。たぶん。きっと。
なんとなくわたしのことを思い出し苦笑いしたあなたがみたい (緒川景子)
「苦笑いするあなたがみたい」にしたほうが、しっくりこない?
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辻褄がどう笑っても合わなくて得意分野に走ったんです (柴田有理)
常連の柴田有理さん、ちょっと今回、得意分野に走った感じ?
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今ちょっと笑いの持ち合わせが無い お金か身体 どちらかにして (林野つみき)
お金より身体より貴重なんですね、笑いって。マクドナルドでは0円なのに。
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ラッキーな人生だったな昨日まで昨日までだが笑ってました (松下知永)
きょうは泣いてるの?
あしたから。あしたからまた、笑ってましょう。
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笑ったらあなたも笑ってくれるのであなたの前では泣かないのです (鷲家正晃)
大切な人の前では素直に泣いたほうが、離婚は防げるそうですよ……。
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笑うなら全細胞で笑うこと罪が付け入る隙もないほど (青野ことり)
泣くときも全細胞で泣いたほうが、離婚は防げるそうですよ……。
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ここからは、ちょっと改善の余地がありそうな作品。
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脳みそがつぶあんならば俺だっていつも笑顔のヒーローになる (ナシノ)
ナシノさんのblog参照。ちょっとまだ迷いがありませんか?
これはこれで完成してるようにも見えるけれど、つぶあんでない脳みそをつかって、もうひと迷いを!
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ガラス越しほんの一瞬 楽しげに笑うわたしと目が合ったんだ (紫月美夜)
これは「ガラスにうつった自分と目が合った」っていうシチュエーションですか?
ちゃんと伝わる気もするけれど、言葉足らずの気もします。
読者の皆さんのご意見も知りたい。
紫月美夜さんのblogに「どんな顔がガラスにうつったの?」「顔写真見せて!」と書き込みましょう。
もう一度僕を「ふふん」と笑ったら君の大事な猫を殺すよ (佐々木あらら)
佐々木あららさんは今、「猫シリーズ」と格闘している様子です。
どの作品もつまらなくはないのですが、読者の皆さんのご意見も知りたい。
佐々木あららblogで集まって、お話をしましょう。
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最後に素朴な余談ですけど、「ネット日記文体」ってありますよね。
「ちょっとどうかと思う」とか。「それってどうなの?」とか。
宮沢章夫やナンシー関の文体が広まったものなのかな。
プロの物書きは原稿を書くとき、だれかの文体に似てしまうのを避けようという配慮が働くものだと思うけれど、ネットダイアラーは「プロでないこと」に誇りを持っているの? 知りたい。
文末に置くだけで何か言った気になる便利なフレーズ。
それってどうなの? ちょっとどうかと思う。
*
次週は、いよいよ「笑い」最終回。
悔いのないよう、笑いきってください!
2004 05 21 05:00 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.05.14
< 「笑い」評その2 >
今週は微笑めませんでした。
辛うじて面白いのは常連さんの作品ばかり。コメントもさらっと走り抜けることにします。
皆さんの笑い短歌のつまらなさを私なりに再現してみると、こんな感じ。
お笑いを論じるはてなダイアラー すごく偉そう かつ笑えない (失敗作)
……笑えなくて偉そうなのはお前の短歌のほうだ! って言いたくなるでしょ。しかも「はてなダイアラー」って何? って感じでしょ。何か正しげな意見を57577で言えばいいってものではないんですよ。
過去のコメントで言ったことだけど、自作が単なる「あらすじ」になっていないかどうか、もういちど確認してみてください。
絵・武山忠司
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というわけで今週「222」の投稿の中から選んだのは、こんな作品。
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笑うしかないほど寝坊した朝もインドネシアは常夏だろう (佐々木あらら)
お・ね・ぼ・う・さん!
きっとインドネシアのことばかり考えてるから寝坊するんですよ。
愛妻を待ち受け画像にする竹田 微笑ましいぜ ゲロ吐いてやる (佐々木あらら)
濡れた携帯は修理が有料なんですよ。
機種変更をすすめられて、1万5千円の出費なんですよ。
二日酔いで寝坊した君が悪い。竹田に当たるなんてまちがってます。
*
焼きたてのパンを5月の日だまりの中で食べてるようなほほえみ (篠田算)
ああ、心洗われるほほえみです。
待ち受け画像にしたくなるのも当然ですね。
嬉し泣きしている人の泣き顔は 笑顔と言って良いと思った (篠田算)
いや、笑ってるように見えるけど泣いてるんだと思います竹田は。ゲロはひどいよ。
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どちらにもとれる笑顔をしますから どちらにするか決めて下さい (志井一)
ずるい。じゃあ僕も、どちらに決めたのかわからないように、言葉以外のものを口から出して返事しますね。ゲロゲロ。
じきにやむ やまない笑いは今までに一度も降ったことがないから (志井一)
志井一さんはたくさん投稿してくれましたが(blog参照)、理屈が勝ちすぎているときは失敗しています。「笑顔で笑え」の短歌とか、頭で考えすぎな感じです。
*
過去のどの笑顔が今に合うのかを考えて ただ再生している (伊勢悟史)
伊勢悟史さんは今週、ちょっと不調でした。
推敲の仕方も的確だし(blog参照)、ここにとりあげた完成作はべつに失敗はしていないけれども。
説明しようとしすぎないほうがいいかも。
ただ再生している短歌にならないよう。
*
合宿でゆっくり笑うメソッドを習ったからか評判がいい (青木麦生)
んー。「ゆっくり笑うメソッド」のところが「ゆっくり怒るメソッド」でも「ゆっくりと泣くメソッド」でも通用してしまうところが難かな。
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魚肉から膜が剥がれる感触でその日笑いが止まらなかった (柴田有理)
柴田有理(しばた・あり)さんとは何度か会ったことがあります。絵を描いています。あの森村泰昌が審査する、第1回現代美術コンクールの入賞者。
あなたの場合、推敲を重ねると駄目になっていく傾向があるみたい(blog参照)。最初にパッとつかまえたものを大切にしてください。
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最近は笑い足りない けれどいい ご飯が足りないよりずっといい (あきつよう子)
あきつよう子さんも古くから枡野浩一宛に短歌を投稿してくれている人。
かつてご飯が足りない日もあったということを暗に伝えているところが切ない。
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笑ってもいいけどここで笑ったらあなたに嘘をつくことになる (丹生谷歩美)
丹生谷歩美(にゅうのや・あゆみ)さんに関しては、以下参照。
http://www.k-hosaka.com/merumagaK/vol.03/masuno1.html
嘘でも笑ったほうが、離婚は避けられるそうですよ。
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笑うほど楽しいことがあったから彼女は笑ってるのだと思う (長瀬大)
長瀬大(ながせ・まさる)さんは僕のホモ心をくすぐる笑顔が素敵なサッカー青年。でも長くて大きいのかどうかは、まだ見たことない。
彼女は笑うほど楽しくなんかないのではと疑っているのがバレバレでよろしい。
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笑うのがへたな俺だが笑うのがうまいお前を尊敬しない (伊藤隆浩)
伊藤隆浩さんはいつだったか僕に「……好きです」と告白して走り去ったことのある青年。……ごめん。僕はサッカー青年のほうが。
長瀬大さん同様、枡野浩一が編集した短歌絵本『どうぞよろしくお願いします』(中央公論新社)に参加しています。
佐々木あららさんと友達になるがいい! お互い尊敬し合わなくていいから。
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スマイルが貼り付いてるといけないし仕事中には会いたくないな (藤本洋子)
藤本洋子さんは仕事でもプライベートでも会ったことないけど、今週の「週刊朝日」で枡野浩一のエッセイに登場しています。
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もう笑うしかねぇと思いに暮れたその時 Max自分らしかったりする (PDP)
そんなこんなで常連さんや知り合いの投稿ばかりが目立ってしまった今週、唯一の新人はPDPさんでした(←筆名、これでいいのかな。短歌にちゃんと書き添えてくださいね)。
「思いに暮れた」という言い方はまちがいではないんだろうけど、ちょっと違和感ありました。かといって「途方に暮れた」だと慣用句すぎて駄目かな。
「Max自分らしかったりする」という言いまわしは、あまり知的には見えませんが(「いいやつ」には見えます)、それより私が気になるのは「その時」のあたりがMax字余りっぽかったりする点。
Max自分らしく推敲し、Max再投稿してください。
*
次週に期待。
2004 05 14 10:24 午前 | 固定リンク | トラックバック
2004.05.06
< 「笑い」評その1 >
世紀末厳しき折からくれぐれもほほえみ病など召されぬように (枡野浩一)
という短歌は「笑い短歌オールキャスト」に入れていいのでは、という指摘が佐々木あららさんからありました。
おっしゃるとおりでした。感謝。やっぱり枡野浩一の本をちゃんと読んでいる人は名前が変でも心がきれいですね。とても嬉しい。
連休中はどうお過ごしでしたか、皆さん。私は仕事してました。でも、休むよりも魂にいい仕事をしているこのごろです。あと松尾スズキの芝居を観ました。『君の鳥は歌を歌える』(角川文庫)で絶賛した『ドライブイン カリフォルニア』の再演ですが、すごくすごくよかった。爆笑しました。終演後、ひとりになって泣きました。泣けるのなんて悲しみじゃないと信じるオカザキなをさんにもおすすめです。当日券を汚い手で買ってでも観る価値あり。
そうそう、書店やコンビニに並び始めた「ダ・ヴィンチ」5月号も必見です。枡野浩一、加藤千恵、佐藤真由美、天野慶ほか豪華な面々が五七五で「好き」を伝えることについて語っています。「ダ・ヴィンチ」の公式サイトにも関連記事が。枡野浩一の素敵な全身写真つき。
絵・武山忠司
*
というわけで今月のお題は「笑い」。
投稿のレベルが上がってきたため、技術に関するコメントは控えめにします。改善の余地のある作品を見つけたら、なるべく作者のblogに直接コメントを書き込むようにしていますので、各自で覗きにいくようにしてください。
私のコメントの多くは「つっこみ」になっていますが、忙しいのにわざわざつっこみたくなる短歌というのは、面白い短歌です。自己完結しすぎている短歌はつまらない。
*
スピンする車の中で微笑んだ君をみた夜から会ってない (伊勢悟史)
笑っても泣いてもきょうで最後ならいずれにしてもあすは最初だ (伊勢悟史)
すでにココログ界でファンが続出している伊勢悟史さんの新作。
1首目はドラマのワンシーンのよう。2首目は泉谷しげる『春夏秋冬』のよう。
でもよく出来ています。
わかるなよあなたにわかるかなしみはあなたのものでぼくのではない (伊勢悟史)
これは「かなしみ」の短歌。似た主張を詠人不死さんが、
悲しみは個人のものだ 死んだってお前なんかと分かちあわない (詠人不死)
と歌っていましたが、伊勢さんの作品にも独自性があると判断し、とりあげました。
詠人不死さんの作品は、後半が前半を補強するために存在していて、シンプルな仕上がり。伊勢さんのほうが「あとだし」であるぶん、一枚上手かな。
*
サンダルを両手に持って走り出す 砂が熱くて笑いだしてる (松陽)
ああ、恋してるねえ……。
走り出した恋もいつかは立ちどまるものだと、あの夏の日には気づかなかったねえ……。
これは、「月は微笑み」だけがわざとらしい。「風そよぎ」「犬は鳴き石は転がり」のところは慣用的な言い方をわざとつかっているのだから、全体をそのトーンで揃えたら佳作になりそうな予感。
私ならこう書く、というのを思いついたけれど、まだ書きません。再投稿してください。
シャンプーを並べて気づく ひとりよりふたりがすきであなたがきらい (松陽)
以前の投稿の改作。
これを読んで穂村弘という歌人のある作品を連想したのだけれど、主張はかぶってないし、OKでしょう。
*
庭先でゆっくり死んでゆくシロがちょっと笑った夏休みです (佐々木あらら)
とてもかなしい。
変な名前でも、いい短歌をつくる人はいますね。
せつない。
*
ワライタケ食べたい!食べたい!幸福は不幸に気づかない事でしょう? (出石正比古)
「!」や「?」のあとは、1文字あきをいれることをおすすめします。拙著『日本ゴロン』(毎日新聞社)参照。
と言うまでもなく、前半は意味不明だから変えたほうがいいと思います。
「幸福は不幸に気づかない事でしょう? 」と決めつけられて、そんな気もする。
*
茶柱が立ったと言って笑ってる時に死ねたらほんとにいいな (あきつよう子)
……不幸に気づかない人の幸福感? でも、それもまた幸せ。
*
フィンランド辺りで会った年長の女性は薄ら笑えばいいな (柴田有理)
「いいな」シリーズ第2弾。
「薄ら笑えばいいな」とは、なんとも無気味な欲望ですね。
他人(フィンランド辺りで会った年長の女性)に何か期待する前に、まず自分の気持ちを整理したほうがよい、そんな気がしないでもない。
*
段取りを静かに踏んでゆくだけだ 笑う準備はととのっている (志井一)
フィンランド辺りで会った年長の女性は、薄ら笑う準備をととのえていました。
号泣する準備は、まだできていません。
今俺はあなたが昔してみせた笑顔のように自立できてる (志井一)
そ、それはどんな笑顔?
*
ざっくりとこぼれてゆくのだからってすくってはだめ そういう笑顔 (さとう)
そういう笑顔と言われても……。
*
ほほえみがしゃんしゃんとふりかかる そっとしまえばぼくのものです (安藤三弥)
「しゃんしゃんしゃん」にすれば、リズムが整います。
そっとしまうのは、どろぼうです。
*
一線を越えないように笑い合うそれぞれに手は後ろで組んで (藤本)
僕も一線を越えないように笑うタイプです。でも手くらいはあなたとつなぎたい。
*
こいつらはおれが死んでも笑うはず そう思ってたから生きてきた (詠人不死)
そうそう、あいつらを泣かせてからでないと、死ぬに死ねません。
*
泣き顔と笑った顔の二つだけそんな子供に何か思った (鷲家正晃)
「何」を思ったのか、よく考えて発見し、そっと教えてください。
*
ここから下は、今月の注目新人です。
投稿のアベレージが高く、その筆名を枡野浩一がパソコンの辞典に登録した人たち。
*
どんなにか辛いことなどあった日も決して笑みをこぼさぬように (佐藤太郎)
その誓い方はまちがってる気がする。
「どんなにか」も文法的にまちがってる気がする。
まちがいが相殺されて、全体的には合ってる気もしてくる。
諦観に腰掛けているそのさまを「笑っている」というときもある (佐藤太郎)
あきらめないで。
さあ、笑顔で立ち上がって。
死ぬときは夜道で腹を刺されたい笑ってあなたを見送るでしょう (佐藤太郎)
その願望はまちがってる気がする。
刺されたら泣いたほうが体にいいと思う。
女性には優しくしておいたほうが無難でしょう。
こんなにも俺が悲しくないわけは体に見くびられてるせいか (佐藤太郎)
お体、大切に……。
幸せならば、幸せならば、幸せならば、手をたたこう (佐藤太郎)
57577のリズム、大切に……。
*
もしかしたら佐藤太郎さんは、短歌をかなり本格的にやっていて、私とネット上で交流していたこともある短歌人ではありませんか。
万一そうだとしたら、私が美点と思った「巧さ」は欠点かもしれません。本来の名前に戻って、出なおしてください。
そうでなかったら、疑ってごめんなさい。
*
昼過ぎに起きて「いいとも」ちょっと見る 許可はされても笑えないけど (篠田算)
これはまあ、普通に鋭いだけの短歌。
もう少し早起きしましょう。
顔面の筋肉だけで笑うのは マジ怖いのでやめてください (篠田算)
新しい言文一致を確立した!
と高橋源一郎が言いそうな短歌。
新宿の手相を見ている人たちは昼間笑っているのだろうか? (篠田算)
このへんからが凄い。
普通ならスルーしてしまいそうなことを、丁寧に捉えるまなざし。
毎日を丹念に生きているって感じがする。
向こうから歩いてきてる人たちの笑顔のわけが良くわからない (篠田算)
こんな良くある光景を描いて、なぜ面白いのか良くわからない。
斎藤茂吉に感想をきいてみたい。
*
篠田算さんは、じつは私のプライベートな友人なのですけれど、短歌作品は初めて拝見しました。
『枡野浩一のかんたん短歌blog』の投稿者には、古くからネットで交流のある人や、リアル社会での知人も混じっているのですが、知り合いだからということで短歌をほめたりはしません。むしろ「厳しく見なくては」という意識がはたらきます。
今まで、馴れ合い的な空気が出るのがいやで「この作者は知り合い」などと名言するのを避けてきましたが、顔を知らない新たな常連の名前も目立ってきたし、以後は必要に応じて作者のプロフィールにふれることもあるかもしれません。どうぞよろしくお願いします。
短歌は「それをだれが詠んだのか」が常に問われる文芸です。「詠人知らず」という言葉がわざわざあるくらいですから(「詠人知らず」の歌は、「詠人知らず」であることを意識して読まれる)。その宿命から逃れようとするのは自由ですが、それでも読者は「どんな人が作者なのか」を気にするものです。紫月美夜さんがいったいどんな顔なのか、気にするものです。
*
以上。
今週は「209」の笑い短歌を拝見しました。
ひきつづき、同じお題で、投稿お待ちしています。
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