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2005.10.16

< コラム【読まずに詠むな!】第1回●早坂類 >

いい短歌をつくる秘訣をきかれたら、
「いい短歌をたくさん読むことです」
と答えるのが良心ある歌人。
もちろん数を読んでることだけが自慢で実作がいまひとつとか、
ありとあらゆる言葉を知って何も言えなくなるとか、
そんな馬鹿なあやまちはしませんよね?

これから時々、
私の好きな短歌本を紹介していこうと思います。
第1回目は……
風の吹く日にベランダにいる 〜早坂類歌集〜
(河出書房新社)。

ジャングルの夜にまぎれてドーナツとアイスクリームを食べている。風。 (早坂類)

「短歌に句読点はいらない」
と常々言っている私ですが、
この歌は大好きです。
この短歌の出だしは当初「ジャングルの闇」だったんだけど、
推敲されて現在の形になりました。
「夜」のほうが蒸し暑い感じがしませんか?

何故僕があなたばっかり好きなのか今ならわかる生きたいからだ  (早坂類)

早坂類さんは女性。
女性が「僕」という一人称をつかったり、
なんの菅野さん(男性)が女性ふうの語尾をつかったりするのは
あまり感心しないのですけれども(なんのさん、冗談ですよ!)、
この歌は大好きです。
こういうことを言うのは男であってほしい、
という偏見が私の中にあるのかもしれません。
言うまでもなく偏見を持つのはいけないことですが、
詩歌をつくるとき、
人は自らの偏見から目をそらしてはいけないとも思う。

カーテンのすきまから射す光線を手紙かとおもって拾おうとした (早坂類)

この歌は加藤治郎の新刊
短歌レトリック入門 〜修辞の旅人〜』(風媒社)でも
紹介されている傑作です。
(『短歌レトリック入門』は短歌をつくろうとする者なら
読まないといけない1冊ですが、
書名がいささか謙虚すぎる気がいたしました。
私なら『日本語のレトリック 〜修辞は短歌に学べ!〜』とか、
もっと風呂敷を大きく広げて我田引水します。
加藤治郎自身の作品があまり引用されていないのも謙虚すぎ!)

「すきま」「射す」「おもって」など、
漢字と仮名のつかいわけが独特ですよね。
でも、これ以外だめなのと小声で言って唇を噛む、
作者の頑固な横顔が伝わってきそう。
加藤治郎も指摘していますが、
「光線」も「ひかり」とかではイメージがちがうのでしょう。

ちなみに、
穂村弘の入門書とは名ばかりの問題作
短歌という爆弾 〜今すぐ歌人になりたいあなたのために〜
(小学館)でも、
早坂類作品は紹介されています。
ほんとうは穂村弘はかつて早坂類の短歌について、
「玉石混交。そのことが逆に作者の天才性を証明している気がする」
みたいな意味あいのことを(同人誌「かばん」で)
書いていたはずなのですが、
その一文は『短歌という爆弾』では削除されてしまっています。
でも私はその削除された部分がいちばん
穂村弘らしく鋭かったと思う。

と、まあ、
多くの歌人に注目されているわりに、
多くの読者には知られていない歌人、早坂類。
そのデビュー短歌作品集『風の吹く日にベランダにいる』は、
現在事実上の「絶版」で、入手困難とのこと。
復刊ドットコムで復刊希望者の投票を募っていますので、
興味を持った方はぜひ1票を……。
http://www.fukkan.com

2005 10 16 02:34 午前 | 固定リンク