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2006.03.31

< 卒業おめでとう。 >

「かんたん短歌blog」も三年目に突入し、
新しいことをやってみたいと考えてはいるのですが、
そうそう実現しなくて歯がゆいものです。

とりわけ初期の頃から投稿してくれている
常連入選者の皆さんは、
そろそろ行き詰まりを感じたり、
別の水を求めて旅立ちたくなったり、
している頃なのではないでしょうか。

常連の皆さんに「連作」に挑戦してもらったのは、
なにかコンテストのような形で
あらためて特定のだれかに光をあて、
次のステップに踏み出してもらえたら……
という下心があったからなのです。
その企画も、
まだあきらめてしまったわけではないのですが、
とりあえず今回、
「かんたん短歌blog」に卒業生をつくろう、
と思い立ちました。

「MOE」という雑誌があって、
今も版元とスタイルを変えて存在しているのですが、
昔はイラストや漫画や童話のコンテストが充実している
マニアックなポリシーを感じさせる雑誌でした。
(短歌投稿コーナーもあり、選者は林あまりさん。
常連入選者に東直子さんがいました)
とりわけイラストコンテストが圧巻で、
毎月の入選者の中で
「この人はもうプロでしょう」
という人を卒業させるシステムがあり、
たくさんのプロが旅立ちました。
そんな感じの「卒業生」を選べたら、
と思いました。

「かんたん短歌blog」一人目の卒業生は、
宇都宮敦さんです。

彼は私が
「マスノ短歌教信者の部屋」
というBBS(電子掲示板)を運営していた頃からの
投稿者でした。
最初から抜群に歌が巧く、
余興としてやっていたコンテストで
何度も一位に選ばれていました。
最近では歌葉新人賞の次席にも選ばれました。
「かんたん短歌blog」に
投稿してくれた連作(彼のブログ参照)を読んでも、
もう彼にアドバイスをすることが特別思いつかない。
いやみだから、
早く投稿をやめてもらいたいと思いました。

以上のようなことを伝えたところ、
元・小太り歌人の宇都宮敦さんが、
はるばる台北から、
メッセージと作品を送ってくれました。

今後、
卒業生である彼からの投稿は受け付けませんが、
もし発表したい短歌やエッセイがある場合、
いつでも「かんたん短歌blog」のページを提供します。
(そのつど、原稿料がわりに、
ちょっとした記念品を送るつもりです)

宇都宮敦さん、卒業おめでとう。
これからもますます痩せ続け、
どんどん活躍していってください。

だいじょうぶ 急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし (宇都宮敦)



宇都宮敦(うつのみや・あつし) 1974年千葉生まれ。現在、台北在住。2000年3月、ひょんなことから枡野浩一仮設ホームページのBBS「マスノ短歌教信者の部屋」に迷い込む。同年秋、作歌開始。2001年1月、上記BBSに短歌を初投稿。同5月、第1回かんたん短歌コンテスト入選。2002年5月、枡野浩一=選『どうぞよろしくお願いします』に3首寄稿。2003年8月、第2回歌葉新人賞一次審査通過。2005年3月、ブログ「Waiting for Tuesday」を開設するとともに「枡野浩一のかんたん短歌blog」に投稿開始。同9月、枡野浩一=選『ドラえもん短歌』に1首寄稿。同10月、第4回歌葉新人賞次席。ブログ「Waiting for Tuesday」 http://air.ap.teacup.com/utsuno/

ごあいさつ
 このたび、かんたん短歌blogを卒業することになりました。枡野さん、みなさま、今までありがとうございました。
 たぶん、これまでで枡野さんが僕の短歌に一番長いコメントをしてくれたのは、往年の枡野さんのBBSに初投稿した作品についてだったと思います。BBS上のそのコメントはとてもうれしかったのに、同時になんだか照れくさくなってコピーするのをしぶってしまいました。というわけで今ではもう読むことはできません。こんな感じで僕ははじめから終わり(いや別に終わってないが)まで不良信者だった気がします。あんまり表立ってファンであることを表明することもなく、淡々と短歌を投稿し、もしそれを目に留めてもらったら薄謝という名の立派なプレゼントをいただく。たまにイベントに出てもあいさつもそこそこに帰ってしまうような関係。それでも、僕は僕なりのやり方で、枡野さんのファンであり、尊敬していたのでした。だいたい、全著作をそろえてほとんどの連載を追っていた文筆家って枡野さんだけですし。

 最近、枡野浩一の短歌あるいはかんたん短歌について語ることの難しさを思います。作り手としての立場だと、はじめから「短歌=かんたん短歌」な場で、その手法をあまりに自然ととり入れてしまったので。それは呼吸の仕方を説明する難しさに似ているのかもしれません。読者という立場では、枡野さんの方法論がそうとう頑丈なので、それにひきずられてしまうってのがあります。たとえば、作り手の枡野さんが多くの読者に届けたくて「わかりやすさ」を選択するというのはわかるけど、読者としての僕がそれに乗っかっちゃうと自分が感じた感動に届かないんですよね。わかりやすいからおもしろいわけではないので。このへんは宿題としてもっていきます。卒業なのに宿題というのもへんな話だけど。

 それでは卒業記念に15首の短歌を置いていきます。楽しんでいただけたら幸いです。これからは遠い場所から、枡野さんを喜ばせたり唖然とさせたりできたらいいなと思っています。それが恩返しに通じることを信じて。みなさまもご健詠を! 言葉を愛するひとびとにたくさんの幸運が降りそそぎますように。
追伸:歌葉新人賞選考会時より10kgやせました。たぶん中肉中背と呼んでいいレベルだと思います(175cm・70kg)。もう誰にも小太り歌人とは呼ばせません(もともと誰も呼んでない)。

2006/3/30 宇都宮敦

   ボーナストラック

              宇都宮敦

冬だから it is time to go に「行かなくちゃ」って訳をあてとく

屋上でうどんをすする どんぶりを光のなかにわざと忘れる

ぐるぐるとマフラー巻けば冬空になにかが焦げるにおいをかいだ

昼すぎの木立のなかで着ぶくれの君と僕とはなんども出会う

腰のところで君は手をふる ちいさく さよならするのとおんなじように

ブラウン管はずしたテレビで飼っていたチャボの話をもう一度して

ポケットに手をいれ大股であるく君に語った春の計画

いつだって君の見たがる映画にはやたらと登場人物がいる

オフサイド教えてあげる男の子 教えてもらってやる女の子

耳が鳴るくらいのさびしさをあげる 雪はとおくの街で降ってる

祝福を! 脱ぎっぱなしの靴下を君におどろくほど叱られた

昼寝からめざめるまえのまどろみに君のまぶたは熱をおびてく

ウィンドが入ってくるのはウィンドウ 君を窓にはたとえはしない

心配はいらない こたつにあたりながら凍らせたヤクルトをたべよう

100個目のダジャレを ふとんがふっとんだ 唱え終えたらろうそくを消す

2006 03 31 05:50 午後 | 固定リンク

2006.03.29

< 3月の評その2 >

「短歌投稿のお約束」「トラックバックのお約束」をご確認の上、納得したら投稿してください。(「かんたん短歌blog」も3年目……スタート当時とは更新のペースなど「お約束」の細部が変わっております、最近の記事も随時ご参照ください)初投稿の方は筆名の読み方を書き添えてください。

イラストや写真の投稿も、短歌投稿の「お約束」に準じます。将来、枡野浩一の本に参加してもらえるようなクリエーターとの出会いを心待ちにしております。

「ドラえもん短歌」「おわび短歌」は一応終了、今からは「失恋論短歌」を募集します。そのほか、自由テーマの短歌も受け付けています。投稿数は、あまり多いと枡野浩一の心がくじけますので、控えめにお願いします。ひとつの作品を推敲して何度も投稿したり、以前の作品を改作して再投稿したりするのは、ご自由に……。短歌およびイラストや写真、そのほか雑談の投稿トラックバックURL: http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/9313460
礼儀として、投稿する前に1日1回は人気ランキングをクリック!

イラスト=後藤グミ
masuno_060329

 桜がきれいですね……仕事の合間に花見三昧、大家さんから貰った桜が部屋の中でも満開です。
 大変お待たせしましたが、「おわび短歌」の評、行きます。
 佐藤真由美さんの「おわび短歌」一覧、ご報告ありがとう……皆様も参考にしてください。

イラスト=中野玉子
masuno_060329_02

 前回が好調だったんだけど、今回やや低調かな。
 以下の作品が目にとまりました。
 歌の順番は、ほぼ投稿順です。「おわび短歌」と「ドラえもん短歌」混ぜこぜ。

角砂糖今日は口から出ませんよ インフルエンザになったのゴメン (宇津つよし)

 インフルエンザ角砂糖の口うつしは禁じられています。

月の夜にスイマセンネの手をひいて赤い靴など買ってあげよう (富田林薫)

 スイマセンネを擬人化したアイデアはありだと思うけど、「月の夜」「赤い靴」は舞台設定が、うっとりしすぎでは?
 でも、ほかの改作案の中では、この「手をひいて」が一番さりげなくてよかったです。

「ちがう」って言われたかった「ごめん」には「さよなら」以外こたえがないよ (カー・イーブン)

 理屈っぽすきて、頭で味わう歌になってしまってるのが欠点。
 主張には頷きました。

連作 ネコノイル(仁尾智)

 連作に関しては、あとで仁尾智さんのブログに直接コメントします。

いずれまたいつかどこかであいましょうゴメンはずっと預かっていて (本多響乃)

 なくしてしまう気がするから、今のうちに返しとく、「ゴメン」。

わるいことしてもされてもいないのにわたしあなたにあやまられたい (丹生谷歩美)

 これは前回の枡野浩一のコメントから発想したでしょう?
 買ってもない宝くじに当たりたい、という……。

人柄を愛しているの才能はないと思うの言い出せないの (二坂英之)

 それって愛なの?

出口発入口行きの人生を許してほしい中間地点 (二坂英之)

 無理……。
 許せない。

「ちょうだい」と言ってみたけど本当はそれほど欲しくないの ごめんね (振戸りく)

 許せない。
 俺の心をもてあそんで……。

土砂降りで掻き消されてた「ゴメン」だけ 咳が酷くてドアが見えない (宇津つよし)

 咳がいいと思いました。

謝られ もうよしとする 許さなくたって生きてく人なのだから (宮田ふゆこ)

 なるほどね……。
 「おわび短歌」の中では、これが一番、模範解答かも。
 「もうよしとする」が、いい。

切り出せず春一番の風がふく ごめんごめんと揺れるこでまり (安藤三弥)

 前半と後半が補足し合いすぎていて、ややふくらみに欠けます。
 「春一番」はそれだけで風を意味するので「春一番の風」は重複。

風まかせ雨が降ったしお休みだ 詫びの中身は風邪にまかせて (宇津つよし)

 宇津さん風邪ひいてるの?
 ナチュラルハウスのプロポリスキャンディが喉にすごく効くよ。一日で治る。

もうひとり私がいたらそのひとは許すだろうか責めるだろうか (根岸絹)

 骨格だけの歌だけど、こういう視点は役に立つので、この歌も役に立つかもしれない。

レンタカー会社に告知するべきか昨日と今日の僕とあなたを (二坂英之)

 しないでいいです。

ドラちゃんとのび太みたいに喧嘩して育ったわたしたちは丈夫だ (緒川景子)

 細部にやや無理矢理感がある気もするが、「丈夫だ」という着地がいい。

したたかにかたかた鳴る歯の隙間からごめんがぽろぽろこぼれていくね  (はせがわゆづ)

 言葉遊びの気持ちはわかる。

現在のあなたをタイムふろしきで三年前のあなたにしたい(トヨタエリ)

 オマエモナー。

ミリミリと燃えないゴミが起き上がり最期みたいに言った「ごめんね」 (伊勢谷小枝子)

 ミリミリね、ミリミリ。

重すぎる罪悪感を引きずって謝罪へ向かう途中ですねん (稲荷辺長太)

 そのくせその語尾ですねん。

ことごとく鉛筆の芯が折れていて無性にきみに詫びたくなった (丸山太一)

 んー。比喩と考えると、ありきたりかなあ……。単に事実ならいいのに。

謝ってくれなくていいあたしもうそんなところにいないし平気 (板倉知子)

 平気平気……。
 「そんなところにいないし」がこの歌の要。

ジャケットはたぶんジャイ子が描くんでしょ 郷田剛のデビューシングル (丹生谷歩美)

 「たぶん」の言葉選び、ツメが甘い。

ごめんなさい 心の中で君の事「きれいなジャイアン」って呼んでいました (ヰノ上ユウキ)

 「きれいなジャイ子」ではないのね。

暗記パンこんがり焼いて食べてます 忘れないですあの日のことは (ヰノ上ユウキ)

 「こんがり焼いて」のところがいい。後半は改善の余地あり。

最後まで汚い嘘をつき続け きっとこの人あやまるつもり (若崎汐里)☆

 この歌はおまけで☆(お気にいりマーク)付けます。
 「きっとこの人あやまるつもり」を、非難がましい文脈で輝かしている。
 「汚い嘘」という言葉はもっと工夫できるはず。でも半端な工夫するなら、このままがよい。

道具とか出せないけれど お腹から君が生まれてきたのは自慢 (小野伊都子)

 案外なかった切り口のドラえもん短歌。

タケコプター欲しがるうちの翔平は竹とんぼって知ってるのかな (若崎汐里)

 当然あっていいと思ってた意見のドラえもん短歌。
 「うちの翔平」という言葉の出し方はよいと思う。

まるっこい鉄の身体を抱きしめて「まったくもう」と許されたいよ (若崎汐里)

 「まったくもう」が可愛い。わかるなあ。
 「鉄の身体」は言いすぎかも。
 若崎汐里さんは今回注目の新人。

もしきみが悪いロボットだったならおちおち寝てもいられないゆめ (丸山太一)

 んー。やや最後が詩的に流れすぎか。
 これくらい、いいか。
 これだから、いいのか。

 というわけで、今からの課題は「失恋論」。ひとつ前の記事を参照してください。
 「ドラえもん短歌」はあさってまでです。

 そうだ。☆集め王子の志井一さんに何かあげるって言って何もしてないよね? ごめん。待っててください。

2006 03 29 02:29 午後 | 固定リンク | トラックバック

< 「失恋論」 >

更新お待たせしています(本日「評」を更新します)。
ココログちょっと調子わるいみたいですね……。
皆様の投稿は毎日、拝読しています。
必要があれば皆さんのブログに
直接コメントしますので、
安心して投稿を続けてください。

「評」の更新は、月に2回くらいが、
ちょうどいい感じがします。
「評」以外の記事も新年度から、
いろいろ試行錯誤しますので、
どうぞよろしくお願いします。

おかげさまで、
「かんたん短歌blog」は三年目に突入します!

ちょっと時間軸が前後してしまって恐縮ですが、
次の課題は、
「失恋論」
です。
皆さんなりの失恋論を、短歌で表現してください。
単なる「失恋」ではなく、
「論」であることがポイントです。

この課題はもちろん、
切通理作『失恋論』(角川学芸出版)の
刊行を記念して決めました。

あすのトークイベント(下記参照)、
私も客席にいます。
ほんとうは大切な先約があって、
参加をあきらめようと思っていたのですが、
行きがかり上、
目撃しないと一生後悔しそうなので……。

そのへんの事情は、
http://blog.goo.ne.jp/kirira/
を読んでみてください。
あと、
↓アマゾンの『失恋論』レビューも必読。
失恋論

『失恋論』(著・切通理作 角川学芸出版)刊行記念
切通理作+小谷野敦トークショー
『もてない男』と失恋を語る
■2006年3月30日(木)19:00〜21:00(18:30開場)
■会場:青山ブックセンター本店内・A空間
■定員:80名様
■入場料:¥500(税込)
■電話予約&お問い合わせ電話:03−5485−5511
http://www.aoyamabc.co.jp/


2006 03 29 11:03 午前 | 固定リンク

2006.03.24

< 【日記帳から】村上春樹と安原顯 >

某月某日

朝、目がさめて、
やっぱり「文藝春秋」4月号の
村上春樹原稿
『ある編集者の生と死 〜安原顯氏のこと』は、
じつに巧みで読ませるけれど、
唾棄すべき最低の文章だと思うに至った。

皆さんも読んでみてください。

生原稿を売ることはいけないことだ、
という反論されにくい「常識」をたてに、
もう口がなくて反論できない
故人の仕事と人格を貶め、
今までのヤスケン(安原顯)による
村上春樹批判を
すべてチャラにしようとする試み。
じつに卑怯者。
あとだしジャンケン。
流出の事実関係は、
ヤスケンも(最初の)古本屋も故人になっていて、
真の意味では確認しようがないというのに。

ただ単に故人に「常識」がなくて、
俺が受け取った生原稿は俺のもの、
という認識でいただけかもしれない。
それは「常識がない」と責めればいいことで、
故人が生きているうちに責めることも
できたはずだった。
それをすれば生原稿の流出は
ある程度は防げたはず。
なにしろ村上春樹はこの国で
逆らう大手出版社がないほどの売れっ子なのだから。
それをしなかったのは村上春樹の怠慢だ。
(ほんとうに、そこまで生原稿が大切ならばの話だが)

「犯人」の死後、
このタイミングで「告発」することで、
私たち読者はヤスケンと村上春樹の、
意外なほど濃密な愛憎の歴史を知らされたけれど、
それは村上春樹側の歴史であって、
ヤスケンの側には別のものが見えていただろう。

ヤスケンの長所と短所を同時に語ることで
あたかも「フェア」であるかのような
印象を与えているけれども、
どこまでも片方の見方でしかなく、
繰り返すが故人には口がない。

文中、
「男らしさ」
という概念をつかって、
表裏をつかいわけ陰口を言う編集者たちを批判し、
ヤスケンを持ち上げるくだりがあるのだけれど、
生原稿を勝手に売り払う行為は、
「男らしさ」と地続きのものだと私は思う。
逆に、
故人が生きているうちは
お上品に沈黙を貫き、
今ごろになって、
絶対に勝てるような方法で
秘められた「歴史」を語る村上春樹の態度は、
「男らしさ」から最も遠いものだろう。

それは普通の陰口より、もっともっと「陰口」だ!

中央公論社との問題であることを
大部数を誇る「文藝春秋」に寄稿する、
そのことにも象徴されている。
自らに圧倒的権威があることに
引け目はないのか。

ヤスケンとの確執を、
(ヤスケンが単行本にした)
『桃仙人』のような小説に書いたのなら、
(そこまでの愛と苦しみをヤスケンに捧げるのなら)
私は村上春樹を見直しただろう。
桃仙人—小説深沢七郎
50枚の過不足ない報告エッセイにして、
自分の側に正義があると信じて疑わない、
ああ、
あなたの文学はそこどまりだよ!

そもそも生原稿流出は
そこまで責められるべきことか。

「握りつぶした」原稿が流出するのは痛いだろうが、
それだって活字にはなったんでしょ?
だったら古本的価値が上がって、
「握りつぶした」原稿の載った雑誌が
高値で取り引きされていたりもするはずだし、
その流れで言うと生原稿が流出したことで
村上春樹は直接の「損害」は受けていないのだ。
金儲けをしている人がいるだけ。

あなたが真に批判すべきなのは、
生原稿を高値で売買する慣習がこの国にあること、
その「システム」自体ではないだろうか。

ここまで高値で取り引きされたら、
雑誌に寄稿して原稿料をもらうより
生原稿を古本屋に持っていったほうが
「ずっと商売になる」からおかしいという、
あなたの主張はカマトトだ。
生原稿は生原稿だから売れるのであり、
雑誌に載った原稿はのちに本になって
もっと多くのお金を生むでしょう?
漫画家の生原稿とは意味がちがう。
パソコン(ワープロ)で書いているという今、
村上春樹のプリントアウト原稿には
もうそんなに高値はつかないだろう。

なぜ友達だったヤスケンに
突然嫌われるようになったかはわからないと
あなたは言うが、
喧嘩状態になっていたのはたしかで、
そんなとき「敵」が
あなたの大切なものを台無しにする可能性くらいは
考えておくのが危機管理だと思う。
ヤスケンが中公の社員だった頃なら、
生原稿は「返せ」と言えた。
そのあとのことは、
ヤスケンと村上春樹の「関係」の問題である。
なにしろ故人は死期が近かったのだ。
もちろん道義的にだめなことだが、
道義的にだめなことを
死にながらやってしまう「自由」が人にはある。
それはだめなことだと批判するのも「自由」だが、
文学者として、
今回のやり方はあまりにも「つまらない」。

以上、
村上春樹を嫌いな枡野浩一が、
狂ったことを書いているとお思いでしょうが、
今回のことで私は、
「村上春樹を嫌いなのには理由があったのだ」
と確信できて、
とてもすがすがしい気分です。

そして「流出した生原稿」なら、
こういうふうに考えられるが、
「離婚後に会えなくなった子供」に関しては、
同じ理屈では考えられない、
ということが私の一番言いたいことです。

逆に言えば、
村上春樹にとっての生原稿が、
私にとっての子供くらい
大切なものであるというのなら、
ほんとうのほんとうに、
そうだとおっしゃるのなら、
やはり同情しますし、
ここまでの私の発言を撤回し、
心よりおわび申し上げます。





【追記】
村上春樹に関する記事、以下にまとめてあります。
http://masuno.de/blog/2009/05/28/post-69.php

2006 03 24 02:01 午前 | 固定リンク

2006.03.13

< 「ドラえもん短歌」第1次入選者決定!&最終締切(3月末日)まであとわずか! >

というわけで発表になりました!
http://dora-world.com/mail/dora_tanka.html

膨大な数のドラえもん短歌、
すべてに目を通しました。
「かんたん短歌blog」投稿作は、
やや厳しめに見ました。
この場にいる皆さんは、
私のコメントをもとに
推敲を繰り返すチャンスがあり、
とことん完成度を高めることが
できるはずだからです。

もしも『ドラえもん短歌』(小学館)
の続編を出すことになったら、
敗者復活も考えられると思いますので、
落選した皆さんもあきらめず、
再投稿を試みてみてください。

最終締切まで、あとわずか。
ふるってご参加ください!

2006 03 13 10:15 午後 | 固定リンク

2006.03.06

< 3月の評その1 >

「短歌投稿のお約束」「トラックバックのお約束」をご確認の上、納得したら投稿してください。 初投稿の方は筆名の読み方を書き添えてください。

イラストや写真の投稿も、短歌投稿の「お約束」に準じます。将来、枡野浩一の本に参加してもらえるようなクリエーターとの出会いを心待ちにしております。

今週の課題は「おわび短歌」。『ドラえもん短歌』(小学館)発売記念で、ドラえもん短歌も募集しています。そのほか、自由テーマの短歌も受け付けています。投稿数は、あまり多いと枡野浩一の心がくじけますので、控えめにお願いします。ひとつの作品を推敲して何度も投稿したり、以前の作品を改作して再投稿したりするのは、ご自由に……。短歌およびイラストや写真、そのほか雑談の投稿トラックバックURL: http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/8925267

礼儀として、投稿する前に1日1回は人気ランキングをクリック!


イラスト=後藤グミ
masuno_060303

 ご無沙汰してしまったこと、おわび申し上げます。
 枡野浩一のおわび短歌といえば、

「じゃあまたって言いかけてから切れたからまたかけちゃったゴメンじゃあまた」

 ……これくらいかな。佐藤真由美に秀作が多かった気がします。知ってる人、トラックバックでおしえてくださいね。

 最近いろんなことがあったのですが、ひとつ、いいニュースを。
 携帯小説『短歌なふたり』再開が、正式決定しました!
 某大手出版社の携帯サイトにて。再開のために少し準備時間が必要なので、スタート時期が決まり次第、詳細をご報告しますね。

イラスト=中野玉子
masuno_tanka_060303

 では、「おわび短歌」行きます。コメントの順番は、投稿順。

斉藤はあいにく外へ出ています 脱ぎ捨てた服あったかいです (宇津つよし)

 そうですか。あったかいですか。
 そして、この斉藤への怒りはどこにぶつければいいのですか。

謝ってすむ問題を謝った 床の柄しか覚えていない (仁尾智)

 これはたしか改作だよね? 仁尾智さん自身の歌の。
 過不足ない出来だけど、後半は普通すぎるかなあ。

出してないメールの返事まちぼうけ まるでだれかの人生みたい (日比野あゆ子)

 買ってない宝くじに当たりたいものですよね。

「お詫びです」どうして笑顔で持ってくる 部屋と味噌煮込み饂飩と私 (宇津つよし)

 泣きながら持ってきてほしいものですよね。

丸刈りにして土下座してむせび泣けあとは舌を出さない練習 (二坂英之)

 舌を出さないのって難しいんだ、これが。

待ちぼうけ「ゴメン、ゴメン」と来た人は隣の誰かのいとしいひと (紺野さちこ)

 最後が字足らず。これはこれで味になってるか。
 謝られるって、幸せなことですよね。

笑ってるあなたを見たくなかったの 背後で気配消しててごめん (倖村智美)

 なんて卑怯なことを!

人生で一度きりしか使えない「ごめん」の最上級があったら (宮田ふゆこ)

 その「ごめん」最上級を何度も要求されそう。

ごめんねと言うつもりなどないけれどありがとうなら今でも思う (安藤三弥)

 思うけど口には出さない。

本当は妻子持ちだし猫もいる家のローンもあるんだゆるして (天国ななお)

 謝ってるふりして、別れを切り出す、という手法。つかえそう……。

切られても切られても「ごめん」しか出ないからって痛くないわけじゃない (宮田ふゆこ)

 そして切られ続けました。

首絞めるその手弛めてくれたなら「ごめんなさい」と言えるんだけど (天国ななお)

 結局言えないまま、さようなら。

葉書には幸せだってきっと書く あなたのお伽話になるよ (平賀谷友里)

 「俺を通り過ぎていったあいつ、今、幸せだってさ……」

メロンパン2コ買ってって君の口ふさいでそこですかさずゴメン (福々屋大福)

 えっち!

許す気で聞く「ごめんね」も悪くない 泣き止むまでが長くてごめん (宍戸れみ)

 三年くらいはかかるそうですよ、泣き止むまで。

頭下げ残り少ないマヨネーズ絞るがごとくあやまっている (紺野さちこ)

 逆立ちするといいみたい。

このつぎは頭をあげて祈らせて あやまるためにある墓じゃない (沼尻つた子)

 沼尻つた子さん、新境地。

至らないわたしをどうぞ許してね しょっちゅうお詫び申し上げます (みうらしんじ)

 謝る気がないことを上手に伝えています。

死んでいるあなた以外を好きになるあしたがあって生きててごめん (麦ちよこ)

 ひどいよ……。うらめしや……。

良い昼寝むっちゃ体調戻りけり 「けり」ってどこまで戻ったんだよ? (宇津つよし)

 生まれる前くらいまで。

揺れている光り輝くゲロ袋 時の過ぎ行くままにはできない (宇津つよし)

 光り続けろ!

「しゃくだけど」と付け加えられ許される 謝り方だけうまくてごめん (仁尾智)

 悪い男ですね。

折りたたみ傘が壊れて開かない平謝りのようにずぶぬれ (ならい)

 でも心は謝らない。

 わりと面白い歌が集まったので、おわび短歌、もう少し続けます。
 おわび短歌だけ集めて本をつくったら、面白いかもね。

2006 03 06 05:18 午後 | 固定リンク | トラックバック