« NHKのやらせについて | トップページ | 「かんたん短歌blog」開店休業中! »

2007.02.08

< 短歌を語るゆうべ >

都心で食事しながら短歌の話をした。
メンバーは三人で、
全員が短歌をやったことがある。

「短歌はもっと見せ方で
流通させられるのに」
と一人が言い、
「そんな方法あるのかな」
と残りの二人が言った。

残りの二人は
短歌を比較的長く続けている。

「短歌はもっと見せ方で
流通させられるのに」
と言った本人は、
しかし、
その方法が見えるだけで、
自分でやるほどの情熱は
ないのだと言う。

そこが重要だと思った。

方法が見えるけど、
自分でやらない、
という場合、
そのことは実現されない。

むしろ、
方法なんて見えないけど、
自分でやる人たちが、
そのジャンルをつくっているのだ。

その方法が見える人は、
ちゃんとほかのジャンルで
活躍している人なので、
「言うだけ番長」ではない。
しかし、
やっぱり当事者じゃないから、
短歌の世界は変えられないと思う。

とても残念なことだ。

私はたぶん、
センスという意味では
とても粗末な才能しか
持ち合わせていないが、
情熱と行動力だけは、
少なくとも十余年前は
だれにも負けなかったと思う。

今は笹公人さんには
大いに負けてるかも。

「●●●●●程度のことなら
自分にもできる」
と昔から思ってきた。
が、
実際にそれをやらなかった、
ということの大きさは、
噛みしめているつもり。

そして実際に
やってみたからといって、
自分は●●●●●に
なれなかったかもと
わかってはいる。
実際にはやらなかったから、
「可能性」を思えるのだ。

方法が見える人が、
短歌に対してそこまで執着を
持ってくれなかったのは、
短歌界隈の側にも問題があり、
私にも責任があると思う。

とてもとても残念だ。

と、
いうようなことも、
話してみたいイベントを企画しました。
http://masuno.de/blog/2007/02/07/post-94.php
どうぞよろしくお願いします。

2007 02 08 03:23 午前 | 固定リンク