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2008.02.25

< 笹井宏之寄稿『飴色時間』(2008年2月22日) >

枡野浩一です。
笹井宏之さんからの「寄稿」をお届けします。

人を語るとき「天才」という
言葉はなるべくつかいません。

「天才」って、
必ずしもいいものとは言えないと思っている。
『君の鳥は歌を歌える』(角川文庫)にも
あれこれ詳しく書きましたが、
「コントロールのきかない才能」
ってニュアンスがあると思うんです。「天才」には。

私が定義する「天才」に
あてはまると感じる才能の持ち主は、
たとえば町野変丸さんとか。
トモフスキーさんとか。
どちらも大好きな作り手ですが。

で。
「かんたん短歌blog」に
投稿してくれていた頃、
笹井宏之さんの作品を
きちんと受け止められていなかった私ですが、
歌集を一冊拝読した今では、
「この人は……あいにくと天才かも」
と思っています。
「あいにくと」
というのが付き物だ。「天才」には。

今回の寄稿を読み、
ますますその思いを強くしました。
あのような作風でありながら、
「枡野浩一のかんたん短歌blog」に
投稿しようと考えること自体、
あまりにも「天才」的です。

「かんたん短歌blog」のどこかに、
天才の人は私の手におえないから
ここに投稿されても困ります、
みたいなことを書いた覚えがあります。
書いたときは別に具体的な人を
思い浮かべていなかったんだけれど、
ああ、笹井さんだったのかも。あれ。

「天才」の作り手は、
万人には受けません。
(天才ではない枡野浩一の短歌も
決して万人に受けてるわけではないが)
ただ短歌界は、
万人には受けないものを
丁寧に評価する土壌のある場です。
空気を読んだ「同時代性」というよりは、
強烈な個からうまれた「普遍性」を感じる抒情で、
新鋭にもベテランにも人気が出そう。

 風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが (笹井宏之歌集『ひとさらい』より/以下同)

 和尚さんそんなに欠けないで、あとからお弟子さんたちも続かないで

 拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません

 どうしても声のかわりに鹿が出る あぶないっていうだけであぶない

 別段、死んでからでも遅くないことの一つをあなたが為した

別の作品に出てきた、
「真水」
「まばたき」
といった語彙からは、
正岡豊作品を連想します。
(正岡さんは「天才」っていうより
「本物」って感じ)
正岡豊より断然、無自覚な感じがして、
そのへんが弱点にもなりうるが、
第一歌集の時点では
美点にも見られるでしょう。

結社「未来」の加藤治郎さんのところ、
という居場所は、
笹井宏之さんにとって
ぴったりだったのではないかな……。
結社の実態を肌では知らないけれど、
現段階ではそう思えてなりません。
荻原裕幸さんが
第一歌集にタッチしているというのも
ほんとうに良かったですね。

笹井宏之さんの歌は、
ひとつひとつの言葉は平明だし、
組み立てもきれいで透明に見えるのに、
まんべんなくキラキラしてて、まぶしい。

ある空間に音が響いていて、
その音を打ち消す音も同時に響いていて、
結果的に無音に聴こえるけれど、
じつはすごく激しく音が飛び交っている、
そんな歌?

……うまく言えないや。
科学的にもう何言ってるかわかんないけど、
そんな印象を持ったりしました。

「天才」は皆、マイペースです。
これからもその調子で!

たまに近況をきかせてください。



笹井宏之寄稿(2008年2月22日)

『飴色時間』

あなたが半円形のかなしみをつくるので
私はそこに同じおおきさの紙を
貼らなくてはならない

選ぶのは厚く、色の赤いものがいい

あなたの半円形のかなしみは
どのような死よりも孤独で
どのような生よりもつめたい

だから私は
あなたのかなしみの隣へ
確固たるものを置く


(液体糊の匂い、飴色のひかり、そして
 ゆっくりとハサミのグリップを握る私)


あなたの半円形のかなしみが
ほんのすこし輪郭を正すとき
私の作業は始まる

切り抜くのはやはり
厚く、色の赤いものがいい


-----


歌集『ひとさらい』は、
この詩と陸つづきになっています。

おおむね、
同じような気候があり、
同じような草が生え、
同じような動物が行き交っています。

もし、この大陸ちょっとおもしろそうだな、
と思われたら【歌葉】というサイトで
1260円(税込み)で売っています。

http://www.bookpark.ne.jp/utanoha/

どうぞめくってみてください。



かんたん短歌についてすこし。

いまでも、かんたん短歌にあこがれています。
自分に無いものが、あふれていて
とてもまばゆいです。

はじめから、
かんたん短歌(ひとくくりにしてしまってすみません)と
ぼくの作る歌とでは、うまく言えないのですが
層のようなものが、違っていたみたいです。

でも、その層と層のあいだには、
窓や、梯子や、抜け穴なんかがあって
そこから“かんたん短歌の層”に(すこし無理をして)
ぐーっと手をのばして、投稿をしていたのだと思います。
よく手がつりそうになっていました……。

短歌のサイトに詩を寄せて、
さらに層が違う、なんて言い出すのは
どうかと思ったのですが、
良くも悪くも、それが笹井宏之です。

あちこちの歌の層を、飛んだり、まわったりしながら
ジャンル“笹井”の旗が立てられたら、
いいなと思っています。


2008年2月22日
笹井宏之 http://sasai.blog27.fc2.com/

2008 02 25 09:43 午前 | 固定リンク

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受信 2008/03/02 3:21:47