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2008.07.28

< 自分という感受装置への疑い >

久々に、
たくさんの人がいっせいに感想を語るような
メジャーな作品(ポニョ)にふれたせいで、
いろいろと考えさせられているところ。

毎日、知り合いのだれかがポニョポニョ言っている……。

(毎月よく観に行っている演劇は、
演劇を観るような人しか観ないから、
感想の種類が限られている気がします。
短歌もしかり)

すでに書いてある私のポニョの感想は、
http://masuno.de/blog
に載せるかもしれないけど、
もう載せないかもしれない。

以下の対話は、
『金紙&銀紙の 
似ているだけじゃダメかしら?』(リトルモア) より引用。
表現に興味のある人に読んでいただきたくて紹介します。

(この本は、
よくまあ刊行してくれたことよ、
と呆れるような特殊な一冊なのだけれど、
自分が物心ついて以来ずーっと考えてきて、
しかし書く機会のなかった考えを
いくつか表明できている。
河井克夫さんの存在のおかげだと思います)
金紙&銀紙の 似ているだけじゃダメかしら?

枡野:僕の暴論って……なんだろう? セクシャリティの問題なのかな。僕の理屈は男性的なところもあるけど、感覚はとても女性的だと思う。だから女性的な文化にも、男性的な文化にも、両方違和感があるって日々自覚してるんだよね。
河井:まあ男がこういう話をしちゃ駄目、女がこういうことを言っちゃ駄目っていうような、固定観念もあるしね。確実に。たとえば、秋葉原でメイドカフェに行って「何これー、気持ち悪い」って言う人がいたら、それは言う人のほうがまちがってるでしょ。メイドカフェを必要とする人々が集う場所なんだから。
枡野:僕はどんな作品も、「その人の魂にとって必要かどうか」が重要なんだといつも思うよ。「自分はこういう作品を面白がる人間なんだ」っていう、自覚を持って感想を言えばいいのに……。みんな、自慢げに「最高傑作!」とか「失敗作!」とか言いすぎじゃない? ネットとかで。じゃあ君は世界中の作品をすべて知った上で語ってるのか? って言いたい。自分には理解できない作品でも、ほかの人には面白いかもしれないでしょ。これをつまらないと感じてしまった自分は、教養とか人生経験とかが足りなかっただけかも……。そういう、おびえた視点がまるでない感想は、とても不満。とくに男性の頭脳明晰な人とか、自分という感受装置に対して、疑いを持ってない人って多いよ。

2008 07 28 10:58 午後 | 固定リンク | トラックバック