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2009.04.03

< 木下一寄稿『アイハブノークエスチョン』(2009年3月16日) >

久々の、
「かんたん短歌blog」本来の、
記事更新です。

いま枡野浩一公式サイト全体を見直していて、
ブログも改装しようと思っているのですが、
とにかく気が重くて気が進みません。
理由は自分でわかってるんですが、
自分以外の人にその「わかってること」を
共有してもらうのはまあ無理だなと思っててね……。

「かんたん短歌blog」はとくに、
更新するのにパワーがいるんですよね……。
季節柄かずっと体調を崩していて仕事も忙しかったので、
ずいぶん前に「寄稿」の投稿が届いていたのに、
きょうまで更新できず、すみません。
(そのわりには四月馬鹿の嘘を書いたりしてみたが不調でした)

「かんたん短歌blog」の投稿者同士が
結婚したというニュースはもうみんな知ってる?
どこまで書いていいのかわからないので、
当事者のおふたりは良かったら、
「かんたん短歌blog」にトラックバックで
報告したりしてくださいね。
末永くお幸せに……。

「かんたん短歌blog」で以前紹介した
短歌ブログ「セックス部」が終わってしまうみたいで、
とても残念に思っています。
いつかまた再開したら教えてください。
あなたはじつは私とはすでに知り合いで、
あえて変名でブログを始めたんじゃないかとか
ちょっと疑っている。それくらい好きでした。

さて。
木下一さんは最初「くまさん」という名前で、
2月21日に
『ギャルの心も動かせたから』という記事を
送ってくれました。

面白いと思ったので「かんたん短歌blog」掲載を決め、
もっと送ってくださいとメールしたら、
それから何度か新しい原稿を送ってくれました。
どれもまあ、
面白いと言えば面白く、
だめと言おうと思ったらだめなところもある。
でも可能性を感じたので、
いくつかの原稿の中のひとつを採用し、
それ以外は彼自身のブログ
http://blog.goo.ne.jp/4129_002/
に載せていくことをすすめました。
(ブログ拝読しましたが、
記事が途中で切れてたりしない?
ご確認ください!)

私がもたもたしているうちに彼は、
歌人の天野慶さんとNHKラジオで話したりしてたみたい。
聴き逃してごめんね。

彼の短歌や文章の良さは、
人柄の良さが伝わってくるようなところにあると思う。

短歌も、それ以外の文芸も、
「頭の良さの競争」
みたいになってしまうきらいがあって、
私はいつも、
「頭が良いからって何なの?」
と思うんですよ。
(私自身は正味のところ頭は良くないと自覚してる)

人柄の良さは、
はかりにくいものだけど、
作品が愛される愛されないって、
人柄というか、
「作品の柄」
みたいなものが結局一番大きいと思うのです。

その意味で彼には期待してますが、
そんな褒められ方をしても、
どう努力していいか戸惑うよね……。

あなたの文章はどれも、
まだまだ「内輪」に向けて話してる感じがあります。
「内輪」といっても色んな「内輪」があるし、
あるゆる人は何らかの「内輪」に属していると
小説家の高橋源一郎も書いていますが、
自分がどういう「内輪」の中にいるかは
もう少し自覚していてもいいと思う。
「この文章はNHKラジオを聴いてる人に宛てて書いてるな」
とか。
「mixiのマイミクの人には通じる話だな」
とか。

拙著『あるきかたがただしくない』(朝日新聞社)に
「mixiをまったく知らない人にmixiというものを説明する」
という意図の短いコラムが収録されています。
書くのがとても難しかった。
つたない説明になってしまったが、
評論家の小谷野敦さんはそれを読んで
mixiを初めて認識したというから、
ある程度は伝わる部分もあったのでしょう。

短歌はとにかく、
「短歌の世界の内輪」
に毒されていることに
気づけずに続けてしまう文芸ジャンルです。
それでいいとも言えるのだけれど、
そして「かんたん短歌blog」は「かんたん短歌blog」の
「内輪」に毒されているのだけれど、
常にそういう自覚は持っていたいものです。

「かんたん短歌blog」に載せる「寄稿」は
けっこう厳選しています。
載る確率は少ないです。
先日、
ある短歌イベントを告知する記事を
投稿してくれた人がいたけれど、
単なる告知にしかなっていなくて、
通りすがりの人が
そのイベントに興味を持ってしまうようには
全然書けてないと思い、
その旨を指摘して没にさせていただきました。
その後、連絡ないけど、
短歌イベントを企画したこと自体は素晴らしいと思います。
しかし、
口をきいたこともない人にラブレターを出すときのような
力をこめて書かないと文章は遠くまで届かないのです。

木下一さんの文章には、
そんな力がこもっています。
いつまでもその初々しさを失わず、
寓直に丹念に書き続けられたら、
あなたは「本物」になれると思う。


【枡野より一言】文中の「…」は「……」と書くのが本当。あと「!」「?」のあとは一文字あけるのが活字の世界でのルール。何行かあけて書いてくれたところが、ココログではなぜか全部「一行あき」になってしまうので、あとで改善できたらします。ココログ使いにくいなあ! 



木下一寄稿『アイハブノークエスチョン』(2009年3月16日)


この前、何十年の付き合いになる翔伍に進路について相談したら、「そういうのはさ、ヤフーのサイトにしなよ」と言われた。言われてやっと、翔伍に相談したのが間違いだと気がついた。何せこいつは真面目な話になると、身体中が痒くなるという奇病の持ち主なのだから。


「作業療法士の生涯賃金は……」家に帰って携帯をいじくる。ああ、やっぱり作業療法士の生涯賃金って低いんだなあ……でもやりがいありそうだし、それに……
ヤフーの人生相談のサイトの作業療法士の質問を見ながら俺は、昔、質問ばかりしていた頃を思い出していった。


GREEと言うSNSがある。mixiに比べたらマイナーだけど、招待制じゃないので、とても入りやすいのだ。 その中にグリQというコーナーがある。その名の通り、GREEをやってる人に、 色々な質問をするコーナーで、俺はこれにはまってしまったのだ。


当時、ていうか今もなんだけど俺は学費を稼ぐ為にバイトをしまくっていた。夜はスーパーの品だし、そして昼はコンタクトレンズのビラ配りのバイトだ。ビラ配りのバイトは時給がいいのだが、同僚と全く仲良くなれないのが欠点だった。まあ一日中配るだけのバイトだし、わかってたけど元々喋るのが結構好きな俺にはきつかった。


それではまってしまったのだ。グリQに。『暇を「潰す」とどんな音がすると思いますか?』
最初にヒットした質問はこれだ。
グリQでは回答者が多い質問と少ない質問があった。多い質問は下の三つに分類される。

・答えやすい(例・カレーとうどんどっちが好き?)
・いわゆる荒らし
・面白い

俺は面白いで回答者数を増やすのにはまってしまった。
我ながら暗いなあ……そう思ったが、ビラ配りの孤独には耐えられ無かった。
『しらすに小さな蟹が入ってたら嬉しいですか?』
『どぶねずみみたいに美しくなるにはどうすればいいですか?』
『貴方の事を尊敬していいですか?』


回答が増えれば増えるほど、増していく楽しさ、「さて次は…」休憩時間のモスバーガーで考えてると、テレビで気になるニュースが流れ出した。

「オシム監督入院」
……!、オシム監督は本しか読んだ事が無いけれど、俺は彼のひねくれたインテリぶりに好感を持ってた。

「グリQの回答の上限は1000…そうだ!」


「オシム監督の為に千羽鶴を折ってくれますか? やり方は簡単です、 鶴 と書いてくれるだけでいいんです。よかったらよろしくお願いします。」


質問をしたのは、スーパーのバイト前、バイトが終わって家に帰ってグリQを開いた。








……
150はあった。正直びっくりした。こんなハイペースはちょっと無い。どんどん増えていく。

グリQには色々な人がいた。中にはめんどくさい回答者もいた、嫌味しか書かない人、すぐに見下した回答をする人、やたら喧嘩腰で論争ばかり仕掛ける人。


そんな人達も



鶴 ……

書いてくれてた。鶴って。「このペースだと明日の昼には1000だな……」俺はそう思って、布団に入った。

翌日、勉強が一段落したので携帯でグリQを開いた、鶴はもうすぐで1000を達成しそうだ、質問を見ようとすると

消えてた。質問が。

「…通報族か!」
グリQには様々な規約があり、違反しているユーザーを通報出来るシステムがある。
そしてこのシステムを逆手に取ってユーザーを片っ端から通報するのが通報族だった。

「俺は目立ってたからやられたのか…暗いやつらめ!」「うーん…まあでもどっちもネットに夢中だから同じだよ」 というマトモなツッコミをする奴は、例え橋田壽賀子だろうと容赦しなくぶっ飛ばすくらいムカついた。
何だかやりきれなかったので日記検索で「オシム 鶴」とやってみた。


「ああ、やっぱり消えちゃったんだあの質問。まあ確かに質問じゃないからね。 でも普段はひねくれた事ばかり書いてた人も鶴って書いてて私は感動したな。 知ってる人いますか?」


その質問したの俺だよ!書こうと思ったけど、止めた。


そうなんだ、そうなんだよ、普段ひねくれた事ばかり書いてた人もあの時は優しかった。優しかった人がいっぱいいた。あの後はまたひねくれるかも知れないけれど、あの時は優しかったんだ。


覚えてようと思った。何故か分からないけど、優しく無かった人が優しくなった時を、何か信じられる気がしたから、普段カッコ悪い奴がカッコ良くなる事もあるって事を、愚痴ばっかの奴が前を向く事もあるって事を、諦めかけてた夢が叶う事もあるって事を、忘れないことで何だか信じられる気がした。

○質問があるなら皆手を挙げて夢見た自分に答えさせよう

木下一ブログ
http://blog.goo.ne.jp/4129_002/

2009 04 03 04:27 午後 | 固定リンク

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