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2010.06.17
< 【寄稿】南野耕平さんから >
「かんたん短歌blog」が誕生する前から交流のある、
南野耕平さんからお手紙をいただきました。
私からのお返事は遅くなるかもしれませんが、
とりいそぎ、
お手紙の全文を以下に掲載します。
【枡野浩一さんへの手紙】
枡野浩一さま&かんたん短歌blogをご覧の皆さまへ
大変、ご無沙汰しております。
枡野さんの小説『ショートソング』(集英社文庫)で
ミラクルで奇跡みたいなミラクルで奇跡みたいな恋だったのに
を使っていただいた「野良ゆうき」こと南野耕平(みなみのこうへい)です。
ペンネームをたくさん使い分けると枡野さんには怒られてしまいそうですが
短歌を詠むときには、どこか「成り切らないと言えないこと」があるようで
自分の「青いところ」を意識して詠むときには「野良ゆうき」を使っています。
この短歌にかんたん短歌blogで枡野さんにコメントしてもらったのが
2004年10月23日ですから、あれからもう5年以上も経ってしまったのですね。
枡野さんに、井上陽水が歌った「金属のメタル」あたりを真似てませんか?
とコメントされたときには、少々むっとしたのを覚えています。
あの頃は、僕もとんがってまいしたから、「真似」という言葉にかなり敏感でした。
いまでは、「表現とは、多かれ少なかれ過去に作られたものの
真似をしていると言えば、真似をしているものだ」という認識が
できるほどにはオトナになりましたが……。
「かんたん短歌blgo休止」という告知があったばかりで
あまり、タイミングはよろしくないかもしれませんが
枡野さんのお許しを得て、寄稿させていただきます。
枡野さんとのおつき合いも、かれこれ10年近くになりますが
こんな形で「お手紙」を書かせてもらうのは、多分初めてだと思います。
少々長くなる予感がしますので、まずは、この手紙の趣旨をお伝えしておきます。
(1)5月20日に、『川柳という方法』(本の泉社)という本を
出しましたので 「どうそ、よろしくお願いします!」
というのが、最も言いたいことです。
(2)そして、僕を短歌、そして川柳と出会わせてくれて
「ほんとうに、ありがとうございました!」 というのが
お伝えしたい二点目。(二番目ですいません!)
(3)さらに、僕の経験が、かんたん短歌つながりの皆さまの
「少しでもお役に立てたら、うれぴー!」というのが、三点目。
(でも本当は、一番書きたいことです)
(4)そして、いろいろあると思いますけど、かんたん短歌をもっと
ぐいぐい引っ張って行ってください、ということも
お伝えしたいことです。(ぐいぐいと、です)
まずは、本の宣伝を、サラッと。
おかげさまで、苦節10年、いろいろな紆余曲折を経て
ようやく「商業出版」という形での出版に漕ぎ付くことができました。
川柳も最近は、テレビやラジオなどで取りあげられることも
増えてきていますが、一般的にはまだ、川柳=サラリーマン川柳
というような「偏った認識」が多いのではないかと思っています。
そして、正しく理解されていないために、多くの人が川柳という
「とんでもなくフトコロの深い文芸」と出会えていないというのは
もったいないという問題意識から、僕なりの思いを少々熱く綴りました。
川柳と俳句、あるいは川柳と短歌のボーダーラインなどについても
ああでもないこうでもないという、僕なりの試行錯誤の過程も書きました。
川柳には全く興味のない人でも、それなりに「参考になること」もあるのではないか
と思っておりますので、是非お手にとってみてくださいませ。
(そして、できればお買い求めくださいませ!)
以上で、宣伝はオワリです。
2番目は、枡野さんとの出会いから、少し振り返ってみたいと思います。
僕は、約10年前に毎日新聞仲畑流万能川柳という投稿欄で川柳と出会いました。
「なんかいいんじゃない」「これなら僕にもできそう」いや
「僕ならもっといい川柳が作れそう」という気持ちになったのがキッカケです。
少し川柳が作れるようになってくると、次のようなことが気になり始めました。
(1)川柳と俳句って、どこが違うのかな?
(2)17音字表現と31音字表現は、どこが違うのかな?
(3)分かりにくい川柳とは、どう向き合っていけばいいのかな?
(4)結社って、どんなものなのかな?
僕は、あまり行動力のあるタイプではないのですが、気になり始めると
「現場」に行って確かめないと気が済まないタイプなもので
上記のような疑問点への何らかの手がかりを求めて、次のように動きました。
(上記の番号とは対応していません)
(1)かんたん短歌へのチャレンジ。
(2)他の短歌投稿欄へのチャレンジ。
(3)俳句結社への参加。
(4)川柳結社への参加。
こうやって、4つ並べてみると、なぜ俳句、川柳は結社に参加したのに
短歌はしなかったのかという疑問が沸いてきますね。
それは、当時短歌というジャンルが、歌人の荻原裕幸さんを中心に
いち早く、「インターネットで何ができるか」に取り組んでいたからです。
結社に入らなくても、結構情報が入ってきそうだし、「掲示板」というツールで
「歌人」と呼ばれる人たちとの対話もできそうな感触がありました。
ちょうど、短歌とインターネットの出会い〜蜜月の季節だったのだと思います。
多くの有力歌人が、掲示板に「本気モード」での書き込みをしていました。
そういった「掲示板での対話の試み」の急先鋒が、枡野さんでした。
時には「くどい」あるいは「しつこい」はたまた「無駄に熱い」とも
思われるほどの掲示板への書き込みに、当時、プロが素人に向かって
そこまでやらなくても、というような意見もありましたが
僕は「これまでの対話とは違う何か」を感じていました。
「この人と、真剣に向き合ってみると、ちょっと面白そうだぞ」という手応えでした。
そして何より、短歌について書かれることが、自信に満ちていてカッコ良かったのです。
マスノ短歌教の「教祖」などと名乗るほどに。
思えば約10年前、僕はそんな枡野さんに恋をしていたのかもしれませんね。
(もちろん、ここで言う恋というのは「広義の恋」で、枡野さんに抱かれたいとか
枡野さんみたいになりたいというようなものではありませんが……)
それもう、枡野さんが掲示板に書く文章の「ちょっとした言い回し」や
テレビ出演のときの振舞い方や立ち方まで、いろんなことに
「そら、ちょっと違うやろ」とツッコミを入れていたことを思い出します。
だって、短歌に関すること以外は、ツッコミどころ満載だったものですから……。
「書くこと」におけるスキのなさと、スキだらけの「日常的振る舞い」の
ギャップには、つっこまずには居られませんでした。
あれは、もしかしたら、「枡野さんのような人」と出会ったことが
なかった僕が「枡野さんという存在」や「枡野さんという価値観」を
受け入れるひとつのプロセスだったのかもしれません。
そんな僕に根気強く向き合ってくれていた枡野さんが
ある時に僕に言ってくれたこんな言葉が
僕の中のどこかの回路のスイッチを入れてくれたのを覚えています。
「そんなにおっしゃるのなら、ご自分でおやりになってみたらどうですか?」
こうやって書いてしまうと、「なんでもないアドバイス」のようにも
見えてしまいますが、言葉というのは、「誰が」「誰に向かって」
「どんな状況で」発せられたかで、質感や量感が全く違ってくるものですね。
当時の僕にとっては、本当に「痛烈な一撃」でした。
それはもう、ガツンと脳天に一撃を喰らったような……。
思えば、あの一言から、僕の「言葉を探す旅」は始まったと思っています。
だいじょうぶ 急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし(宇都宮敦)
という短歌もありますが、振り返ってみると確かに旅だと思えることもありますし
ある年齢になってくると「旅意識」とでもいうものが、支えてくれることも
あるのも事実です。もちろん、急いではいませんが……。
新聞川柳とかんたん短歌への投稿だけだった僕は
かんたん短歌以外の短歌の投稿、俳句結社への参加、川柳結社への参加、
自分のHPでの川柳の句会開催などなど、とにかく「自分でできること」に
チャレンジしてきました。
そして10年、まだまだ旅の途中ですから
入門本を書くなどという大それたことをしていいのか
どうか分かりませんが、あの頃、自分が「こんな本が欲しい」と
思った川柳の入門本を自分で書くことにしました。
この本を書く過程で、さらに川柳という文芸の関係が
深まっていくのを感じましたし
本をつくる過程で出会ったものや見えてくるものもありました。
ここからどこに向かっていくのかは、自分でも分かりませんが
これからも多くの出会いに支えられながら
試行錯誤していくのだろうなと思っています。
「あの言葉」をくれた枡野さん、本当にありがとうございました!
第三点目の「皆さまのご参考になりそうなこと」については
最近始めたツイッターで少しずつつぶやいてみたいと
思いますので、ご興味のある方は「南野耕平」で
検索していただき、フォローしていただけると嬉しいです。
そして、4点目。
僕のように枡野さんの「かんたん短歌」で短歌と出会う人は少なくないと思います。
枡野さんの始めた「かんたん短歌」は、いまや一人歩きできるほどに成長し
短歌を取り巻く世界の中で「居場所」を確保したのかもしれません。
でも、枡野さんにはまだまだ引っ張っていってもらいたいのです。
多分、そう思っているのは僕だけではないと思っています。
こればっかりは、お願いすることしかできませんが
枡野さんは自分が思っている以上に僕たちにとっては「大きな存在」なのです。
そこんとこ、よろしくお願いします!
(つまり、かんたん短歌blogの再開を気長に待っています)
ちなみに、枡野さんの短歌の中で、僕の好きなベストスリーは下記の三首です。
誰からも愛されないということの自由気ままを誇りつつ咲け
階段にすわって朝を待ちながらゆうべの夢をうちあけ合った
こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう
それでは、枡野さん、皆さん、またどこかでお会いしましょう。
南野耕平
2010 06 17 04:18 午後 | 固定リンク | トラックバック
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